93. 遠恋


「大丈夫!彼も、絶対さおりちゃんのこと好きだから諦めちゃダメだよ!」
「せ・千石君どうしたの?」
鬼気迫る勢いに驚いて、必死の形相の千石から身を離そうと椅子をガタッと音を立てながら後に下がった。
「いや、なんでもねえからコイツのことは気にすんな。邪魔して、悪かった」
南に耳を引っ張られながら、ズルズルと部室へ向けて引きずられながら、千石は叫んでいた。
「彼は、君のことが好きなんだからぁ――――!」
うるせえと軽そうな頭を殴りつけながら、頼まれては見たものの思った以上に世話のかかる男に南は手を焼いていた。

越前が全米オープン出場の為に、日本を発ってから今日で丁度二週間が経った。
遠恋…遠距離恋愛というキーワードには、我が身を思いやって反応せずにはいられないらしく、今日もクラスの女子に絡んでいた。
「ねえ、遠恋ってやっぱ続かないのかな」
「まあ、距離が離れると、愛も冷めるってよく言うしね。会いたい時に、すぐ会えないってかなりマイナスだよ」
軽くジャブ程度に、世間の常識を話してさゆりの様子を伺ってみる。芳しい反応ではなかったので、すぐに話題を変えた。
「それに、大体そっちで新しい女とか作っちゃうんだよね。私、前彼とそれで別れたし」
「え?それ、初耳なんだけど。マジで!?」
自分の悩みも忘れて、親友の恋話の結末に興味が移った。
「離れてもお前のこと好きだからって言ってた口で、そっちで彼女作ってたんだよ。早すぎだって、言うの!」
ガンと髪を梳かすのに持っていた櫛で、机を腹立ち紛れに叩いた。
「久々に会いに行ったら、バッタリ現彼女と会って修羅ばっちゃって。…で、全てがウザクなってこっちから振ってやったの」
思い出したくもなかったムカツク前彼の顔が浮かんで来たので、眉間を険しく顰めた。
ふと思い出した事があって、さおりの方へぐぐっと顔を近づけた。
「さおりもてるんだし、これを機会にいっそのこと別れちゃえば?いま、アキラからアプローチされてたよね?」
「えー、そうなんだけど。でも…」
気持ちの整理がついてないので、口ごもる。

「距離に負けちゃダメだよ。真実の愛は、どんなに離れたって変わらないものだから!」
二人の間にさっと割って入り、矢継ぎ早に千石自論を述べ出す。
「オレなんて、電話もメールも連絡なんか殆ど返って来ないけど、好きだから信じてるし」
アメリカの方向と思われる方に身体を向けて、想いよ届け!という思いで祈りを捧げる。
祈り終えて少し満足した千石が、さおりにくるっと向き直る。
「さおりちゃんって、その彼からどれ位連絡来る?」
「三日に一度くらいかな」
千石の真剣さと勢いに押されて、つい答えてしまう。
「連絡来る方だって。彼だって、さゆりちゃんのこと好きなんだよ」
「そうかな。でも、前は毎日メールとか電話来てたし…」
以前の恋人の熱心な態度を思い出して、ふうとため息を吐いた。
「それは、新しい土地に慣れようと必死なんだよ」
自分に言い聞かせるように頷きながら、千石は必死に言い募った。
千石なんか毎日なんて前から来ないし、メールの返事が返ってくればいい方だ。そんな日は、一日ラッキーだ。

「──でも、私のこともう忘れてたり、浮気してたら」
自分でさえ、彼氏が遠くに行ったことをいい事に言い寄られたりされるし。彼も、そうなんじゃ…。
好きだからこそ、彼と距離が離れた事がさゆりは不安だった。

自分の分身とでも言うべきさゆりの不安が、千石には手に取るように解った。
いまのオレは、遠恋のスペシャリストかもしれない。
さゆりの手を思いきり握り締めて叫んだ所で、千石のこれ以上の暴走を抑えようと南が止めに入った。


部室に連行されても、さっきのことを気にしているのか部室の隅に座り込んで、千石はいじけていた。
前は青学に会いに行きさえすれば、リョーマくんの顔だけでも見れたのに、今は見に行くことすら出来ない。
アメリカに行く為に、パスポートの取得手続きしたけどまだ出来あがらないし。
お金もないから、まだ会いにもいけない。
「うぅっ、リョーマくんが絶対的にオレの中で不足してるよ〜。オレ、寂しくて死にそう」
これは、千石の心からの訴えだ。
身体的にも、覇気というものが千石からまったく感じられなくなっていた。

「まだ二週間しか、経ってねえだろ」
「もう、二週間も経ったんだよ。リョーマくんが、オレの前にいないなんて信じたくない。あぁ、リョーマくんに会いたいよ」
思った以上に深刻に参っている千石に、南が心配げな眼を向けた。
「会えないなら、電話でもすればいいじゃないっスか?いつも、してましたよね。越前君から、かかってこないんですか?」
南が止めようと思う間もなく、さっきからの展開で話を掴んだ室町が、千石に触れてはいけない質問をした。
「電話かけてるんだけど、リョーマくん一度も出てくれないんだよね。それに、かかっても来ないし」
ジャージに着替える気力も起こらないのか、はあとまた憂鬱なため息を吐いた。
「これは、とうとう振られたんじゃ?…ああ、少し失言でしたね」
薄々もしかしてと嫌な予感を感じていた上に、はっきりと崖から突き落とされるような最後のトドメとなる発言をされて、更に落ち込んだ。
「まあ、千石さんは、いつものように新しい恋に生きてください。その辺で、落ち込んでられると鬱陶しいですから」
「室町、ちょっと言い過ぎだぞ」
ショックを受けている千石を思いやって、室町に注意をした。
飄々とした感じで、「すいません。つい、口が滑ってしまいました」と軽く千石に頭を下げて、室町は部室を出て行った。
ほんと掴めない男だ。ことごとく、地雷踏みまくりやがって、後始末は俺なんだからな。
動揺した所なんて見た事がない後輩の去っていく後ろ姿に、思わず毒づいた。
南の損な性分に苦笑しながらも、相棒の東方は巻き添えを食らわない内に、そっと部室を出た。

寂しい。寂しいよ。オレは、人恋しさでいまなら死ねると思う。
リョーマくんにまた会う為に、もちろんまだ死ねないんだけど。
毎日電話してるのに、リョーマくんは一度も電話に出てくれない。
だから、逆のことをオレは考えて、三日前から電話してない。
なんとなくリョーマくんも寂しくなるんじゃないかと思って、リョーマくんからオレにかけてくるのをずっと待ってる。

──なのに、いつまで経ってもリョーマくん専用着メロの音が、電話から響いて来ない。

リョーマくんは、オレがいなくても寂しくないのかな。オレばっかり、寂しいのかな。
室町に言われた事が、よりリアルに恐怖を感じさせる。
振られるよりも辛い自然消滅に、近いのかな。
マイナス思考に捕われた千石の意識から、周りの音が聞こえなくなった。
かなりの重症だなと千石を見ながら、一縷の望みをかけて南は電話をかけることにした。

「おい、千石!越前から電話だぞ」
…ん?……リョーマくんから電話!
「えっ!ほんとに?」
ほらっと言って千石の手に渡されたのは、南の黒い携帯だった。
「なんで、南の携帯なの?」
「いいから、早く出ろよ。越前が待ってるだろ」
半信半疑で携帯を耳に押し付けると、リョーマの声がした。
「キヨスミ?」
「リョ…リョーマくん!本物だよね?」
「偽者がいて、どうすんだよ」
この憎まれ口といい、やっぱりリョーマくんだ。
「アンタの所為で、俺最近寝不足なんだけど…」
「それって、オレがいなくて寂しくて眠れないとか?」
こんな嬉しいことを、リョーマくんの口から聞けるとは思わなかった。
電話を持っていない方の手で、ガッツポーズをした。

「アンタバカ?いま何時だと思ってんの?」
耳に携帯を押し当てたままで、部室に置いてある時計を探した。
「えっと、午後3時47分。まだ、部活の時間だよ」
「こっちは、もう夜。俺、さっきまで寝てたし。アンタ時差があるってこと、知ってる?」
「……知らなかった」
そんな事は、千石の頭の中になかった。
部活の時間に電話してたら、サボってたってリョーマくんに怒られると思って、その後とか、夜に電話をしていた。
「えぇ…!?じゃあ、いままでリョーマくんが寝てる夜中に電話してたってこと?」
「そうだよ。深夜とか早朝を狙ったかのようにかかってくるから、すごい迷惑だったんだけど。時差位、知っててよ」
また千石の世間的常識の無さに気付いて、リョーマはため息を吐いた。
「ご・ごめん。今度から、気をつけるから!」
「かけてくるとしても、アンタの所の午前中にしてよね」
「うん!」
よかった。まだリョーマくんから、見捨てられてなかったんだ。
「アンタのこと南さんから聞いたよ。迷惑かけてないで、ちゃんと練習しなよ」
「…なんで、知ってるの?そう言えば、この携帯も南のだけどさ。リョーマくん、南と連絡取ってるの?」
「たまにね」
「なにそれ!?恋人のオレじゃなくて、なんで南なの!」
オレには、一回も電話とかかけてきてくれないのに…。南とは連絡を取ってるなんて、ズルイ。
「だって、世話を頼んでるから」
「そんなのオレに言えば、いいじゃん。もしかして、オレの事が気になって南に聞いてたの?」
「…………別に」
気になっていたのは、まあ事実だ。意味は、かなり違うけども。
南さんに、迷惑かけていないか。ちゃんと元気でいるのか。
千石の期待している事と、あまり意味は違っていなかった。

うわっ!なに、この沈黙?俺の好きなように、取っちゃうからねv
「距離が離れたって、リョーマくんの事大好きだから、俺のこと捨てないでね!」
男として惨めだろうが、どんなに情けなくたって、リョーマくんにさえ捨てられなければいいんだ。
「………………バカ」
ふふふっ。リョーマくんはバカって、照れ隠しの時にも使うもんね!
電話って、この点じゃ便利かも。好きなように、想像できるし。でも、顔が見たいな。
「…ねえ、TV電話が付いてる携帯買ってよ。やっぱり、リョーマくんの顔が見たいんだもん」
「もし買ったとしても、その機能面倒くさそうだし使わないよ」
千石の切なる願望がこもった願いを、リョーマはあっさり否定した。
「……俺、いまの携帯気に入ってるし。じゃ、もう俺寝るから」
ピッと、千石に有無を言わせずに通話を断ちきった。

シルバーを基調にオレンジがあしらわれた携帯を、手でツーっと何気なくなぞった。
自分の行動を見られている気がして、シルバーフレームの写真立てを机に伏せた。
ベットに再び潜りこむと、すぐに睡魔が訪れてリョーマの瞼を重くした…。


──その写真立ての中には、突き抜けるような笑顔で笑っている千石の写真が入っていた。






アニプリ捏造話3(5の続編)
リョーマくん欠乏症に悩むキヨスミと、それに巻き込まれる山吹の仲間達(主に、南さん)
遠距離恋愛の悲哀と喜び。
離れても、ちゃんとキヨスミの事を色々と心配しているリョーマですv

05.05.13 up→06.04.30 改稿 up

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