05. 泣くなよ


「おまえ、越前の見送りにいかないのか?」
午後5時20分の便だとしても、ここから行くのならもう出発しなくては間にあわなくなる時間だった。
てっきり千石のことだから、朝からいないと思ってたのに、朝練に遅刻せずにやって来た。心を入れ替えたのかと、それはそれで納得していた。
…だが、現在の時刻になっても、まだここにいるのがおかしいと、南は怪訝な顔をした。
時間でも忘れてるのかと思って、それを確かめようとしたのだが…。
「部活があるじゃん。南ってば、部長のクセにやだなぁ〜」
へらへらと笑いながらそう言い出してきて、コイツの口からこんな言葉を初めて聞いたのもあって驚きの目を向けた。
椅子をぐらぐらと足で揺らしながら、窓の方をぼーっと遠い眼で見て千石はどこか心あらずそうだ。

「…アイツな、お前の世話を俺にわざわざ頼みに来たんだぞ」
茶化すのを許さないように真剣な顔で、千石に訴える。
「なにそれ?オレの世話って……。リョーマくんってば、ヒドイ」
机の上にのの字を書きながら、自分の間違えた扱い方に拗ねる。
「色んな準備で忙しい中、ちゃんとおまえのことも心配してたんだ。サボるのが心情のおまえが、ここでサボんなくてどうすんだよ!」
バンと千石の机を叩いて、注目を自分へと向ける。
「行って来いよ。しばらく会えなくなるんだろ?」

そうだった。リョーマくんは冷たい態度の裏で、ちゃんと愛情をオレに与えてくれるんだ。
なんで、そんな大事なことを忘れてたんだろう。
こんな所で、拗ねてる場合じゃない。
会わないで、あのまま別れるなんて出来ない。
「うん。行ってくる。南サンキュー!これからは、思いきってもっとサボることにするから!」
「バカ!意味が違えよ!」
南が文句を浴びせようとした時には、既に教室から千石の姿は消えていた。

あーあ、いきなり世話焼いちまったぜ。いい餞別になったのかは、解んねえけどな。
窓から見える千石の背中を目で追いながら、遠くへと一人で旅立とうとする少年に意識を馳せた。




***

「…全米オープンだろうと、君なら大丈夫だよ。部の事も、僕に任せていいからね」
ニコッと明るい笑顔を浮かべて、はっきりと単数形で不二があっさりとそう言い切った。
「そうっスね」
それにはリョーマも突っ込まず、というか突っ込めずで、ただ頷いた。
まだまだこの人は底が知れないなと、話すたびに思う。
「でもさ、この機会にキッパリ別れた方がいいと思うな。これって、丁度いい機会じゃない?」
「…不二先輩、変なこと言わないで下さいよ。アイツが聞いてたら、ウルサイじゃないっスか」
「へえ、君がそんなことを言うなんて意外だね。好きなんだ?」
どこかそんなリョーマの態度を面白がるような眼で、不二に見られた。
それには答えずに、ムスッとした顔のままで辺りを見まわすと、リョーマの見送りというのを離れて空港に来たことに興奮している先輩達を見て苦笑を浮かべ た。
(…まだまだだね)
そんな言葉を、餞別代りに先輩達にこっそり送っていた。

登場時間が近づいたので、皆に挨拶をして最後の別れを告げた。
荷物を肩に担いで搭乗ゲートへ向かっていると、バタバタと自分の方へと近づいてくる足音が聞こえた。

やっと…、来たか。
ようやくやって来た男の顔を見て、リョーマは男に気付かれないように笑みを漏らした。

「リョーマくん、ちょっと、待って!」
その呼びかけに応えて立ち止まると、走ってきた勢いのまま千石に思い切りしがみ付くように抱きつかれた。
「ちょっと、苦しいんだけど」
自分の身体にきつく絡み対いた腕を、離してくれという思いを込めてポンポンと何回か叩いた。
「ヤダ。もう、リョーマくんにしばらく触れなくなっちゃうんだから」
嫌だ嫌だと首を振りながら、自分の胸に顔を埋めるように抱きつく千石のくしゃっとした髪の毛を、興奮した気持ちを宥めるように撫でた。
しばらくそうしていると、ぐすっと啜り上げるような音が聞こえてきた。
力が抜けた腕からそっと身を離しながら、そんな千石を見て軽くため息を吐いた。
「泣くなよ。そんな遠い所に、行くんじゃないんだから」
「だって、リョーマくんにしばらく会えないんだもん。寂しいよ」
ぐすぐすと鼻水をたらしながら、涙でぐしゃぐしゃの情けない顔をしている。
「これ以上泣いてると、いまここでアンタと別れるから。湿っぽいのとか、俺嫌いだし」
いい加減うっとうしくなったので、相手をするのをやめることにした。昨日、千石に言われた仕返しもついでにする。
「そんなぁ……」
グスッと鼻水をすすって、慌てて制服の袖でぐいっと涙を拭いた。

「…アメリカに行こうが、アンタみたいなバカな奴忘れるわけないでしょ?」
自分より大きな千石の背中を叩いて、気合を入れる。
「うぅ…。リョーマくん。俺もアメリカに会いにいくから!」
今度は、嬉しさのあまりに感激の涙を流し出した。
また泣き出した千石によく涙が出る奴だなと呆れながら、じっとしばらく見られなくなるその姿に見入った。
ぐいっと背伸びをして、千石の唇にチュっと最後にお別れのキスをした。

こんなんじゃ物足りない。全然足りないよ。
「んんっ……」
リョーマの腰をさらって腕の中に抱き締めて、思いの丈を込めて何度もキスをする。

どうしてキミとするキスは、こんなに違うんだろうか。
好きで好きで堪らないからかもしれない。いつだって、オレをキスだけでキミに酔わせる。
何度しても、物足りない。
100万回キスしたとしても、きっと飽きない。させてくれないだろうけど、それくらい思っている。
自分から離れていこうとするリョーマの頭の後に空いている片手を添えて、髪の毛を指の間に通しながらキスを深くしていく。
キミに触れられるなら手だっていいけど、だけどもっとキミを深いところまで感じたいから。

「…っは、……リョーマくん…大好き」
呼吸をする間も惜しんで告白して、そしてまたキスをする。
力が入らなくなったリョーマの腕から、荷物がトサッと地面に落ちた。
「…バカっ!アンタやりすぎ」
足元を少しふらっとさせながら、若干赤くなった顔で千石に抗議するような眼で訴えた。
「だって、3ヶ月……もっと半年以上も会えないかもしれないし。こんなんじゃ足りないよ」

飛行機なんてずっと飛ばなきゃいいって、いまになっても思ってる。
それでも、キミの翼を羽ばたかせる邪魔になる愛し方なんて出来ない。
オレのプライドに賭けて、したくないから。
皆の前で、キラキラと輝ける才能をもったキミだから、追いていかれるのはいつもオレで、追いかけるのもオレばっかり。
だけど、キミを追うのを諦める方がもっと辛いことだから。
泣きながらでも、笑って送り出したい。

「俺が帰って来るまでに、少しは強くなっててよ」
親指をグイッと千石に向かって立てて、ニッと笑った。
「バイバイ。キヨスミ」
出発する飛行機のゲートまで、荷物を持って急いで走り出した。
皆と別れてから、見送りに行くのを迷っていた千石がようやく現れた。
もう既にここに着いた時から泣きそうな情けない顔で、自分のささやかな感傷なんか吹き飛ばして、会うなり笑ってしまった。
そんな千石につきあっていた所為で、搭乗時間がギリギリだったからだ。


羽でも生えているように軽やかに遠くへと走って行くリョーマを、千石は強く眼に焼き付けていた。
見てない内に、遠い所に飛んでいっちゃいそうだよね。
でも、絶対追いかけるから待ってて…、リョーマくん。

窓から見える空の青が眩しすぎて、ドラマのように陳腐な状況でも、現実にその場面に登場しているオレはまた泣きたくなった。
心の中を塞いでいた物が、急になくなってしまったような喪失感がおそって来た。
リョーマが乗っているだろう飛行機を機影の影が見えなくなるまで、泣くのを堪えながらずっと見送っていた…。



機内では、飛行機には何度か乗った事があるので、慣れた所作でリクライニングシートを倒してリョーマは寛いでいた。
USAまでは、まだまだ時間がかかる。
乗客の何人かは、時差ぼけに備えてか仮眠を始めていた。

ここまで来たら、俺は前に進むだけだ。いける所まで、いくしかないのだから…。
人の眼を惹き付けずにいられない光が、瞳に鮮やかに浮かびあがった。
その光を隠すように、双眸を閉じた。

中でやることもないし、俺も寝るかな。
人が寝ている姿を見ていると睡眠を誘われて、眠くなる時間でもないのに欠伸が出てきた。
厚く覆われた雲しか見えなくなった飛行機の小さな窓を閉めた。

その前に千石の餞別でも見ようと貰った袋を開けていたら、ヒラリと一枚写真が出てきた。
床に落ちた写真を拾いあげると、
「…ん?」
リョーマくんの最愛の恋人vと、千石の手書きの文字が赤のマジックで書いてある。
その上、満面の笑顔でVサインをしている千石の周りが、大きなハートマークでキュッと囲んであった。
なんで、自分のベストショットを持ち歩いてるんだろ。
今度帰った時にでも、追求してみようかな。……俺が覚えてたらだケド。
写真のニコニコ笑顔で笑っている千石の顔を、ピシッと指で弾いた。

「キヨスミって、ほんと──」

まいったなと思いながら、乾に餞別でもらったノートに折れないように写真を挟んで、そっと微笑を浮かべてリョーマは夢の中に安らかに落ちていった。






アニプリ捏造話2(4の続編)
空港での別れ。ある意味、男女逆。しかし、主張する所は絶対に千リョですよ!
リョーマがカッコイイのに反して、清純が女々しい;
そんな日も、あるさ(多分)

05.05.07 up→06.04.30 改稿 up

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