100. 会いに行く


「…待ってて、リョーマくん。いま、会いに行きます!」
飛行機に乗る前に、拳をガッと上に突き上げて気合を入れる。
なにかしら、この子?と遠巻きに訝しげに見られる視線など、全く意に介していなかった。それは、彼にとっていつもそんなものであるからかもしれない。

涙なしでは思い出せない悲しい別れをリョーマと空港でしてから、既に1ヶ月半近く経過していた。
その間、リョーマに会いに行く費用を貯める為に千石はアルバイト をしていた。
中学生の千石がバイトを出来る所なんて、限られている。目を付けたのは、悪友の亜久津。亜久津がメインではなくて、優紀ちゃん。つまり、亜久津のお母さん で ある優紀ちゃんは、喫茶店を経営している。そこならなんとかなるんじゃないかと思って必死に頼み込んで、ウェイターのバイトをさせてもらう事になった。

「キヨくんがそこまで必死に頼むんじゃ仕方ないわね。わたしも、健気なキヨくんの為に人肌脱ぐわ!」
土下座までする千石を見て苦笑しながらも、恋人に会いに行きたいという千石の熱意に優紀はすっかり胸を打たれてしまった。
往々にして、女性はこういう話に弱い。千石の作戦勝ちでもあっ た。
ケッとつまらなそうな態度を取る愛に捻くれた息子の意見は無視して、夏休みの部活がない時に手伝ってもらう事にした。
夏休みの間、ナンパも遊びもまったくせず真面目に働いて、ようやくアメリカのニューヨーク行きのチケットがぎりぎり往復で買える位貯まった。
後の滞在費と少し足りない分は両親と姉へ借金をして、ようやくリョーマに会いに行けるこの日がやって来たのだ。
これで、千石のテンションが上がらなくては嘘と言うものだ。

千石清純十四歳、射手座でO型。飛行機に乗るのも、海外に行くのも全てが初体験。
(初体験って言うと、なんか興奮しちゃうよなぁ…)
そこから、リョーマくんとの初めてを思い出す。
(初々しくって、すごく可愛かったんだよね。やーんv楽しー!…って、こんな所で想像すると、ちょっとヤバイって)
うっかり熱を持ちそうになった身体を冷まそうと、飛行機に備え付けのつまらない小冊子を読んで必死にそこから気を逸らした。
こういうことは、一人で寂しい夜に考えることにしよう。それがいい。なんたって、もうすぐ会えるしね。
ようやくリョーマくんに、会いにいける。そのことで頭がいっぱいで、初フライトの恐怖も緊張も千石にはまったくなかった。
お守り代わりに持ってきたリョーマの写真を、機内に持ち込んだカバンから取り出して眺める。
(飛行機が無事にアメリカに着きますように…。そして、リョーマくんと巡り会えますように…)
と、真剣に祈った後、千石は手に写真を握り締めたまま眠りに落ちた。
リョーマとついに明日会えるという事で、昨日は興奮して寝付けなかったのだった。その上、ようやく取れたアメリカ行きの便が早朝で、朝早かった。実質、殆 ど寝ていなかったようなものなので、こうなるのは必然だったのかもしれない。
熟睡する千石を乗せて、飛行機は着々とリョーマのいるアメリカへと向かっていた。




***

「うわー!」
大きな感嘆の声をあげる。貴重品を盗まれないようにカバンを脇に持ち直しながら、キョロキョロと辺りを見渡す。
摩天楼ビルってホテルにも使うのか解らないけど、似たような高層 ホテルが乱立している。
ホテルって、こんなにいっぱいあるんだ。リョーマくんの泊まってるホテルは、なんて名前だっけ?
越前家で書いてもらったメモをごそごそとカバンから取り出して眺めると、流暢な筆記体で書いてあった。
(うっ!ちょっと、流暢過ぎて読みにくい)
倫子さんって、海外暮らし長かったって言ってたしな。落ち着いて考え直そう。
深呼吸をして、リョーマがいるニューヨークの空気を身体の中に目いっぱい取り入 れる。
それに、外国の人にこれを見せれば、案内してくれるかもしれないし。
向かいの通りに、こじんまりしたスーパーが見えた。贅沢するお金は一文も持って来てないけど、ここなら普通の値段の物が置いてそうだ。
喉も渇いたし、ミネラルウォーターでも買おうと、お店の中に入った。
腰にチェックのシャツを巻いているだけで、タンクトップで薄着をしていた千石の二の腕に、ひんやりした空気が一斉におそいかかる。夏だから気持ちがいいと はいえ、突然訪 れた冷たさにぞくっとする。
冷気を避けるように、冷蔵ケースから日本でも見覚えのあるエヴィアンを片手で急いで取り出して、パタンとすぐに閉めた。
レジにいるちょっと太り気味の店員の男の前に置くと、呼んでいた雑誌を放り出して千石をじろりと見る。
『1ドル20セントだ』
(オレ、英語が解ってるよ!ジュニア選抜の時に、リョーマくんとした英語のレッスンのお陰かもしんない)
リョーマがいるアメリカまでやって来たんだなと、店員が英語で喋ったことで千石の興奮のボルテージがあがる。
財布からお金を取り出そうとして、駅のキヨスクのように丸めてたくさん重ねられている新聞を見て、その手が止まった。
英語で書いてあるのでよく解らないけど、リョーマの写真が大きく一面を飾っていた。
一部取って、英語がよく解らないままに主にリョーマの写真を見ながら読んでいると、店員の男が気安く話し掛けてきた。
『それも買うのかい?リョーマ・越前は、若いのにすごいぜ。アンタも同じジャパニーズなんだよな?』
「そうそう!リョーマくんは、すごいんだよ!」
聞きかじった英単語で、リョーマを褒められたらしいニュアンスを感じた。顔に喜びを露にする。
(あぁー、リョーマくんに早く会いたいな。一体、どこのホテルなんだろう)
国際電話もかけられる携帯という文明の恩恵であるスペシャルな機器を所持しているのだが、それを使って連絡を取るという発想はないらしい。宝の持ち腐れと は、正にこの ことだった。

そんな千石の騒いでいる姿を、後から見ている金髪の小柄な少年がいた。
千石の姿にどこか見覚えがあったのと、越前リョーマの関係者かもしれないと思って興味を引かれたのだ。
「…なあ。アンタって、越前リョーマの知りあいか?」
「YES!YES!」
日本人らしいので気を使って日本語で話し掛けてくれたというのに、千石は片言の英語で返す。
(なんだ…、この頭のネジが緩そうな男は?オレは、本当にこんな男と知り合いだったか…)
思わず勢いで声をかけてしまったことを、後悔しはじめた。

ジュニア選抜で見かけた時とまったく同じ印象のままなのを見て、千石が先に少年の正体に気づく。アメリカ選抜の方にいたケビン・スミスだ。
(あー、この子。リョーマくんに試合中やら試合後も、強烈なアプローチをしてた子だ)
こういう子は、刺激しすぎるとよくないかも。ここは、オレとリョーマくんが恋人同士ってことは黙って置いた方がいいかもしれない。
下手にオレとリョーマくんの熱々振りを見せ付けて刺激しすぎると、リョーマくんのことを無理やりおそったりとか…。
うわぁー!ダメダメ!滅多に会いに来れないって言うのに、心配の種を増やしちゃダメだ。
そんな事をするのも、考えるのも千石だけというのに、余計な取り越し苦労をこんな所でまたしていた。

「君さ、アメリカ選抜で日本に来てたケビンくんだよね?オレは、日本の方の代表だった千石って言うんだけど。オレのこと覚えてる?」
結局、千石は無難に話し掛けることにした。
「あー、そう言えばそんな奴もいたかもな。で、こんな所で何してんだ?」
ようやく納得はしたもののまだ不審そうな眼で、じろじろと千石の姿を眺める。
まぁ、生意気。初登場時からそうだったけど。リョーマくん以外の子にそういう舐めた態度を取られると、可愛くなんかなくてただムカツクだけだ。
だけど、今の所リョーマくんの行方を探す手がかりはこの子だけだ。ここは、一つグッと堪えて大人になることにした。
「ちょっと、観光でね。リョーマくんがどこのホテルに泊まってるか知ってる?」
「ああ、知ってるぜ。おまえって、越前リョーマのなんなんだ?」
わざわざ日本からニューヨークまでやって来るなんて、どういう関係なのか気になったのだ。
「え?こ…学校の先輩。リョーマくんが頑張ってるから、ちょっと部の皆を代表して励ましに来たんだ」
(えへっ。つい、先輩って言っちゃったけど、人生の先輩だし間違ってないよね)
「ふーん。いいぜ。暇してたし、案内してやるよ」
(大人の気遣いが出来るオレ、グッジョブ!)
心の内で、喜びを露にして叫んだ。
リョーマが見ていたら、いつもそういう事が出来るようにしろよと嘆息混じりに言われただろうが、残念ながらリョーマはいなかった。


ケビンの案内で、ようやくリョーマが泊まっているホテルのフロントに着いた。
フロントとかホテルの案内の人に慣れているケビンの様子に、プチなジェラシーを感じずにはいられない。リョーマの近くにいられるケビンが羨ましく感じる。
でも、リョーマくんの恋人はなんてたって、オレだけだし!と、気分を持ち直す。
ケビンは、ドアをガンガンと乱暴にノックする。
この扉の向こうに、リョーマがいるのかと思うと千石は俄にドキドキして来た。
「越前リョーマ、いるんだろ?おまえの先輩連れて来てやったぜ」
「……休みの日くらい、ゆっくり寝かしておいて欲しいんだけど。今日は、何しに来たの?」
オレが訓練してやるとか、身体をなまらせんなよと、ケビンが事ある毎にホテルにやって来るので、リョーマとケビンはすっかり顔なじみになっていた。
「は?おまえ、人の親切をなんだと思ってんだ。折角、おまえの先輩が道に迷ってんのを、オレがわざわざここまで連れて来てやったのによ!」
「先輩って、だれ?部長が来るなんて、聞いてないけど」
こんな所までやって来る可能性があるのは手塚部長くらいだけど、そんな事は聞いてなかった。
「やあ、リョーマくん久しぶり〜!元気だった?部の皆は、元気にしてるよ」
後から抜けぬけと調子よく現れたのは、まったく部とは無関係の千石だった。
「キヨスミ?…アンタ、先輩でもなんでもないじゃん」
「なっ、テメェ!オレを騙したのか!」
千石の胸倉を掴もうとするが背丈の関係で届かなかったので腹に蹴りを入れようとしたが、意外と身の軽い千石にさっと交わされる。
「ゴメンゴメン。先輩じゃないけど、リョーマくんとは………………えと、友達なんだよ」
さっきのことを気にして、ケビンの前でリョーマを恋人と言い切るのを躊躇する。
「ほんとうなのか?」
不審全開の眼で千石を見た後で、リョーマに念の為に尋ねる。
「へー、友達?」
珍しいことを言い出す千石をじろりと眺める。
(いつも無駄に恋人主張が激しいのに、どういう風の吹き回しなんだか…)
「…まあ、ちょっとした知り合いの一人かな。じゃあね」
「ちょっと、待って!」
いまにも閉まりそうなドアに、千石は無理やり足をこじ入れる。
ここまで来て会えないで終わるなんて、冗談じゃない。
「オレ達は積もる話がじっくりあるから、また今度ね。案内してくれてありがとう。バイバイ、ケビンくん」
なんとか中に入りきった千石はドアを閉める前に廊下に顔を出して、ケビンの鼻先でバタンと閉めた。
変な男には声をかけなければよかったと、ケビンが改めて思い直したことは言うまでもない。


「その内、会いに行くって聞いてたけど、今日なんて思ってなかったからびっくりしたよ。…千石さん」
「やだなぁ〜。そんな他人行儀な態度取らないでよ。ちょっと世間を思いやっただけじゃない」
冷たい態度を取るリョーマに、千石は慌てて釈明する。
「いつもそういう態度が取れればいいのにねー」
溜め息を吐きながらも、そんな千石に慣れているのであっさりと流す。
「どうやって、ここに来たの?」
「え?飛行機とバスだけど」
「NY行きって今値段高いし、手に入れるの大変じゃなかった?」
肝心の聞きたい事は、交通手段じゃなかった。
「ああ。そこはね、オレのラッキーでなんとかなったよ。マイレージが懸賞でポンと当たったんだ。オレって、やっぱり超ラッキーでしょ!」
「ふぅん。マイレージね」
何かを疑うリョーマの気を逸らそうと、ホテルの部屋を見渡す。
「このダブルベットって、もしかして……、いつか来る俺の為に!?」
大きなダブルベットを見て興奮して、それを指差す。
「いつでもOK!って言う心の表れとか?リョーマくんってば、参っちゃうよなぁ。言ってくれれば、直ぐに期待に応えるのに」
「バ――カ。元からこの部屋なんだよ」
素っ気なく、千石の妄想案を却下する。
「いまの長いし、愛が入ってない」
久々にこんなたわいのないやり取りがリョーマと出来て嬉しいので、直ぐにへこみから復活する。
「…まさか!?使ってないよね?」
「はぁ?」
「だから、誰かとだよ。ないよね!無いって言って!」
片方のベットの端に座っているリョーマに、千石が必死の勢いで詰め寄ってくる。
「ああ、多分ね。アンタと一緒にすんなよ」
ニヤッと笑ったリョーマが、千石のおでこにピシッとデコピンをした。

「そうそう。はい、これ。カルピンにお土産」
日本から買って来たカルピンが大好きという缶詰めを、ベットの上にざっと並べ出す。如才がない千石は、カルピンにも気遣いを忘れない。缶の匂いを嗅ぎつけ て、カルピンがベットの上にトンと飛び乗る。缶にじゃれついてベットをごろごろ転がるカルピンを見かねて、いつもより早くご飯をあげることにした。
「つうか、ありえないよ。生き物が税関通っちゃうなんてさ。ほんとすごいよね」
餌にがっつくカルピンの後ろ姿を見ながら、改めて生き物が通ってしまった不思議をリョーマに訴える。
「さあね。現に、カルピンはいるんだし、もういいじゃん」
ケビンにも散々そんな事を言われていたので、もうこの話題には飽き飽きしていた。
「ねぇ…、」
リョーマが言いかけた言葉を遮って、窓際で光った何かに眼をつける。
「あれー?あの写真立て、オレが写ってるとか!」
写真立てが飾られている窓際のデスクの方に、喜び勇んで駆け出していく。
物凄く期待してチェックしたら、中に飾ってあるのは青学メンバー全員で撮った写真だった。
(…清純超ショック。ちぇっ、オレだと思ってたのになぁ)
そう思っていたので、手が滑って写真立てを床に落としてしまった。
「ん?二枚?」
落ちて外れた写真立てから、青学メンバーの後ろにもう一枚写真が入っていた。
(リョーマくんって、…………最高に可愛い!)
いた。ちゃんと、オレが。餞別にあげたオレの写真を飾ってあったなんて!
きっと、いつもはオレの写真が飾ってあるに違いない。嬉しい。
じーんと、幸せが込み上げてくる。

「へへっ、リョーマくんってば、マジで照れ屋さんなんだから。オレ、見ちゃったよ」
堪えきれない笑みを零し捲くって、リョーマの前にそのテンションのまま現れる。
「なにを?」
「オ・レ・の・しゃ・し・んv」
「……あれば、別にたまたまで、」
言い訳すればするほどドツボにハマッていることに気付いて、口をつぐむ。
あの写真の数倍も、嬉しそうな笑顔をしている清純。
(この顔に、弱いんだよ…)
ぐっと左拳を握り締めて、やにわに叫んだ。
「ああもう!そうだよ。飾ってたんだよ。アンタのバカみたいに能天気な顔が、しょっちゅう見られなくなったからね。しょうがないだろ!」
怒鳴っているリョーマの顔をよくみると、平静を装うとしてるらしいが耳が真っ赤だ。
そんなキミが見られただけで、会いに来てよかった。またそう思った。
ホテル暮らしで、どこか痩せたように見える。肩の辺りが少し薄くなったかも。
顔を眺めているだけで、込み上げてくる何かでたまらなくなって、後頭部を右手で押さえて自分の身体の方にそっと抱き寄せた。
抵抗するように頭を振るので手だけ頭から離すと、千石の右耳が突然リョーマにカリッと甘く噛まれた。
ビクッとして驚いて声を立てようとする千石を眼だけで制して、耳元に形の良い唇を近づけて口を開く。

もうすぐ帰れるかもしれないって言うのに、こんな遠い所まで俺に一目でも会う為に来ちゃうなんて、ほんとに、…バカ。
ただでさえサマーホリディーの時期は、飛行機のチケット代が高くなっている。NYの観光の目玉である全米OPが開催されていて、旅行会社のかきいれ時でも あ る。
アメリカへの往復飛行機代を稼ぐのも結構大変だっただろうに、いつもどうでもいい事は報告しまくるのに、そういう時は俺には言わない。
苦労なんて全然してないよと、明るく茶化すような態度で、上手に隠すのだ。
千石が飛行機に乗る前に南からいつもの連絡メールが来て、それで知ったのだ。言われなければ、俺は気づかなかったと思う。
飛行機代を稼ぐ為に、遊ぶのが大好きな千石が夏休み中も真面目にずっとバイトしてたって こと。

「――――――会いたかったよ、俺も……」
ぽそっとした小さな声だけど、リョーマの声だとハッキリと解るハスキーヴォイスが千石の耳の中に流れる。
「いまなら、オレ死ねるかも。幸せすぎて死にそうデス」
リョーマも同じ気持ちでいてくれたなんて、すごく嬉しい。
「アンタのそういう所って、全然変わらないよね。……いつまでも、バカなんだから」
憎まれ口を叩いたけど、千石と同じような笑顔になりそうな自分が恥ずかしくて、その胸の中に顔を埋めた。
「会いに来て、良かった。リョーマくんは、やっぱり生に限るよ!……ねえ、もっとよく顔を見せて」
後ろ髪を撫でながら、優しい声で促す。見せられる顔になった頃、ようやくリョーマは顔をあげる。

全米OPの予選。期待していたような手応えが無い。こんなんだったら、まだ先輩達と一緒に全国大会に行っていた方がよかったとも思った。
なにかが、圧倒的に足りないのだ。
強敵?いや、それも違う。本戦が近づくにつれて、対戦相手も強くなって来て手応えも増してきた。試合事態も楽しい。
どうやら、そんなものじゃなかったらしい。
痛いくらい身体を抱きしめる千石の腕の力を感じて、足りなかった何かがスッと身体の中に満たされてゆくのを感じる。
(なんだ。足りないのは、キヨスミだったんだ。俺も案外、鈍いよね)
いつも拒んでだって鬱陶しがっても側にいるから今まで気づかなかったけど、アンタが俺も不足してたよ。
同じ位強く千石の身体に腕をまわして、ギュッと抱きついた。

「リョーマくんさ、前より痩せた?」
前と抱き心地が変わったような気がする。
「アンタが全部確めれば、いいでしょ。キヨスミこそ、前より痩せたんじゃない?」
まるで、挑発でもしているかのように不敵に微笑む。
その笑みは艶やか過ぎて、千石が心配になる程決まっていた。
「リョーマくんも、オレのこと確めて……」
耳に囁かれる低音の掠れ声。
それだけで、身体が熱を持ち始めるのが解る。
そっと眼を閉じて、千石に素直に身体を預けた。柔らかいベットの上に千石の体重も掛かって、身体が沈み込む。
俺も同じ気持ちだと表すように待ちきれない思いで、千石の鎖骨に噛み付くように口付ける。
千石はリョーマの高まる気持ちを落ち着かせるように、左手にキスをした。そして、包み込むように頬に触れ、そっと唇に口付けをした。

──後は、もうこれ以上の言葉はいらなかった。




***

「ちょっと、なんでそれを直ぐに言わなかったの!」
「だって、話してる暇なかったじゃん」
「俺が悪いって言うわけ?」
「んー、じゃ、連帯責任って事で。オレもリョーマくんが欲しかったし、リョーマくんもオレが欲しかったって訳だし」
ねっと、カワイコ振って首を傾げる。
これ以上追求したら、昨日の事をべらべらといくらでも話しちゃうよんvって言う脅しに違いない。
俺が言えないと思って、くそっ!と、リョーマは悔しがる。
「ヤバイ!飛行機行っちゃうかも!」
千石が丁度買えたチケットはかなり間隔が短い物で、一泊二日の最短コースだったのだ。
当然のことながら久々の恋人の逢瀬は激しいものとなって、お昼まで寝過ごすこととなり、そしてその結果が現在である。
フロントでタクシーを呼んで、慌ただしく空港へと向かった。


「今度は、俺がアンタに会いに行ってあげるから、それまで楽しみにしてなよ」
チュッと音を立てて千石の唇にキスをする姿まで、空港での理想の別れとはこうあるべしみたいに、もう完璧だ。
「そうそう。俺は、一泊二日なんて間の抜けた事だけは絶対しないから。アンタってかっこつけようとしてるのに、いっつも中途半端でさ。ほんと、かっこ悪い よね」
これから恋人が帰っちゃうって言うのに、リョーマくんってばいつも通りのままなんだから。
そんなリョーマの態度が爽快なんだけど、ちょっと寂しい面もあった。

「―――――でもさ、そんなアンタが俺は、好きだよ」
優しい表情で、ふわっと笑った。普段見た事の無いとっておきの表情。
(ほんとに、キミには参っちゃうよ。このタイミングで、言ってくれちゃうんだもん)
出合った時からキミには無条件降伏で、リョーマくんにはいつも完敗だ。
「リョ、リョーマくん……」
今回は泣かないでお別れしようと思ったのに、やっぱり無理みたいだ。
またしばらく会えないから眼に焼き付けておこうと思ったリョーマの姿が、徐々に涙でぼやけて来た。

「……俺のカッコイイ去り際を、めちゃくちゃにしないでくれる?ほら、これで涙拭いて、鼻かみなよ」
帰ったと思ったリョーマが、どこか呆れ顔で千石の目の前にハンカチを差し出していた。
「ゴメンね。リョーマくんとまたしばらく会えないかと思うと、なんか泣けてきちゃって。あと、リョーマくんがあまりにもかっこよくて感動しちゃってさ」
「あ、そう。俺はいつでもカッコイイんだけど。アンタは、大体いつもかっこ悪いけどね」
飛行機は五分前に乗ればいいって乗り物じゃないんだからねと、千石に尚も注意をする。
言葉にならない千石の背中を押して、見送れるギリギリまで送る。
「リョーマくん、バイバイ〜!出来れば、直ぐに会いに来てね!」
すっかり元気を取り戻した千石が笑顔で、調子のいい挨拶をしてくる。
「はいはい」
その嬉しそうな笑顔を頭に焼きつけるように見ながら、手を振る千石に向かって手を振って応えた。






アニプリ捏造話4(93の続編)
久々に会うので、ケビンを特別ゲストにしてラブラブにしてみましたv
なんかんだ言いながら、リョーマはキヨスミには甘いです。
相思相愛とは正にこの事で、かなりの熱々カップルだと思われます(^^)

05.12.07 up→06.04.30 改稿 up

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