04. USA


鍵を閉めておいたドアに、ガチャガチャと鍵を差し込む音がする。
合鍵を渡しておいたから、多分リョーマくんかな。
珍しい。いくら頼んでも、オレの家には一人で訪ねてきてくれた事ないのに。

これが初めてかもしれない。
こういう期待を持って渡したんだけど、いざ使われると思っていた以上に気持ちにクルものがあって。
なんか、いいな。なんとなくそう感じた。
寝っ転がっていたソファーから身を起こして、部屋に入って来るのを待つ。

ソファーにいる千石に目を留めて、リョーマが小さく手を上げて自分が来たことを知らせた。
側に来るのをわくわくしながら待っている千石を見て、ふっと口の端で笑った。
「…俺、アンタに言うことがあるんだ」

さっきまで膨らんでいた期待が、急にペシャンコになったような気分だ。
何かを決意しているような真剣な顔のリョーマの口から恐ろしいことを言われそうで、眼を逸らした。
嫌だ。聞きたくない。
両手で耳を塞いだまま、ぶんぶんと思いきり首を振る。
「オレと別れたいって言っても、リョーマくんとは絶対に別れないから!」

一人で何かを勘違いして暴走している千石をどうしようかなと、部屋の入口付近で立ったまましばらく黙って観察する。
ダメだ。このままじゃ、埒が明かない。
ツカツカと千石の側に近寄り、耳を塞いだ手を無理矢理もぎ離して、耳元で「わっ!」と大きな声で叫んだ。
そのショックで、パニックに陥っていた千石がようやく我に返った。
「な・なに!?」
「…アンタさ、そんなに俺と別れたいわけ?」
軽く睨んだ。
「まさか、そんなことある訳ないってば!」
ヤバイ!という文字を顔に大きく貼りつかせながら、必死にリョーマの前で手を左右に振って否定する。
「そう。そこまで期待してるんなら、別にそっちでもいいかなって…」
それを聞いてまたオロオロし出した千石を見て、ニッと笑った。
「絶対ないし、それだけは駄目だから!で・・・じゃ、何の話?」
マズイ方向に行きかけている話題を、サッと変えた。
そっちも千石にとって充分というか、もっと衝撃的な話だったのだが、まだそれを知らなかった。

「えっ!?USAって、あのユナイテッドステーツオブアメリカの事?USJじゃないよね?」
「最初の方に、決まってんだろ」
なんで、俺がUSJに行くことをアンタに真剣に話さなきゃいけないんだか。普通そこで、出て来ないだろ。
UFJとか言わなかっただけでも、キヨスミにしてはましな方かな。
この先の展開を思って、ちょっと頭が痛くなる。
「アメリカって、あの自由の女神があったり、ヤンキーズスタジアムがあるところだよね」
「…まあね」
なにか偏ったアメリカのイメージだが、一応合ってはいるので頷いた。
「なーんだ。リョーマくんが真剣な顔で言うから、焦っちゃったよ」
ほうっと息を吐きながら、千石はようやく安心して胸を撫で下ろした。
「オレもパスポートさえあれば、ついて行っちゃうのにな。いつ行くの?」
「明日」
「ずいぶん、急だね。…あ、別にお土産とかいらないから。早く帰って来てくれる事が、オレにとって一番嬉しいし」
「アンタが勘違いしてるようだから言うけど、俺はただの旅行で行くんじゃないよ」
えっ?と驚いた眼を向ける千石に続けて言った。
「全米オープンに出場する為に、行くんだ」
それを聞いて、すっかり押し黙ってしまった千石をじっと見守った。

「……オレに言ったってことは、もうオレが何を言ったとしてもアメリカに行く気なんだよね?」
下を向いていた顔をそろりとあげて、何も言わずに自分を見つめているリョーマの目を見た。
いつも以上に、心の奥深くまで刺さるような強い意思が感じられて…。
ああ、本気なんだ。
オレの返事次第では、オレの存在なんか切り捨てて一人で前に進んで行くんだろう。
それでも、口から零れ出る言葉を止められなかった。
「リョーマくんってさ、いつも自分で全部決めちゃうよね…。オレに言うのはなにもかも全部決めた後で、一番最後に決定事項をただ伝えるだけでしょ」
「そりゃ、オレに相談してもしょうがないかもしれないけど、恋人だから言って欲しかった」
「そういうことも解ってたつもりだったけど、やっぱ……辛いよ」
ぽつりぽつりと静かに話す千石に、声高に非難される以上にその気持ちが伝わってきた。

「…キヨ…スミ」
切なくなるような微笑を浮かべる千石に、掛ける言葉はなかった。
それは、ある意味では事実でもあったから。
他の誰に話そうが決めるのは自分で…。その主義は、何があろうと替えられないと思う。
多分、ここで泣かれたとしても、追いすがられたとしても俺は行くつもりだった。

──けど、俺にも迷いはあった。

俺がいないとなにするか解んないし、ちゃんと生きていけるのか心配だったから。
他の誰かに世話を頼める存在でもないし、そんなの頼まれた方がいい迷惑だ。
そんなことを思いながら、唯一世話を頼めそうな南さんに会いに行ったら、苦笑されたっけ。


*

山吹の部室の前で待っていると、リョーマの姿に目を留めた南さんから意外な場所で見たと言う目をされた。
「おまえも、色々大変だな。観月から、全米オープン出場のこと聞いてるぜ」
準備で忙しい最中に、俺の所に来る理由と言えば、まあアイツのことだろう。
意外とあのバカを、このクールと人に称される事が多い少年が大事に思っているのは解っていた。部外者というか、外から見てるからだろうけど。
「千石のことで来たんだろ?アイツのことは、俺がなんとかするから心配すんな」
「すいません」
ボウシを取って、南に向かってお辞儀をした。
「そんな殊勝にすんな。俺だってここの部長なんだから、部員の世話くらいするぜ」
顔を上げたリョーマに、ニッと自分を指して笑った。
「お前が千石の相手してくれてたから、今まで助かってたしな。サボってばっかいた練習も、真面目にするようになったし。女とかも部室に連れ込まなく… あっ!いや、なんでもねえ」
マズイことを言ってしまったと口を押さえながら、慌ててリョーマの顔色を窺った。
それを聞いたリョーマは怒るでもなく、そんな千石の姿がありありと想像出来て、ふふっと笑った。

「なんなんでしょうね。ほんと…」
「まったくだ」
共通のシンパシーを感じて、顔を見合わせて笑いあった。



すっかり沈黙に支配された部屋で、千石が何かを言い出すのをリョーマは待っていた。

俺だって、わかってる。
テニスで頂点を目指す者なら、これは大きなチャンスだってこと。
でも、心じゃ納得出来なくて…。
「明日から、リョーマくんが側にいないって考えるだけで、世界が終わりそうなくらい寂しくてしょうがないよ…」
大げさだなって否定しようとしたけど、その暗い顔を見ると否定することが出来なかった。
「俺、明日リョーマくんの見送りにいけないかも。だって、泣いちゃいそうだし。湿っぽいのって、リョーマくん嫌いだもんね。怪我だけは、しないでよ!」
垂れてきた前髪を手でかきあげながら、ははっと力なく笑った。
「そう…、明日午後5時20分の便で立つから。まだ準備が残ってるし、帰るね」
部屋から出て行く時も、一度も後を振り返ることはなかった。


このマンションを下から見上げることも、しばらくないんだ。
いつも行きも帰りも千石が一緒なので、のんびりと建物の外観なんて見たことがなかった。
カバンから携帯を取り出して、携帯のカメラにパチリと一枚納める。

───俺も、案外感傷的な生き物だったんだ。

その新鮮さに自分で驚いて、そのまま保存はせずに携帯を静かに閉じた。






アニプリ捏造話1
リョーマがアメリカに行くにあたって一番の悩みは、全国大会でも部長との再戦でもなくて恋人の千石さんである。
一人にしておくと死んじゃうかもしれないし、何をするか解らないので←どんな生き物ですか!
つまり、愛なんです、愛!

05.05.06 up→06.04.30 改稿 up

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