7.なによりも願うこと
苦しくて声にならない呻き声を発しながら、身体を動かそうと試みる。全く動かない。誰かにぎゅうぎゅうに身体に
しがみつかれているみたいだ。身体に食い込む腕が痛い。
重たくて中々持ちあがらない瞼を意思の力で無理矢理こじ開けると、焦点があった視線の先には千石がいた。原因は
、やっぱりこの男だったんだとリョーマに半ば諦めのような苦笑が零れた。
嗚咽する声。この様子では自分の身体にしがみついたまま、ずっと泣き続けていたようだ。
「こんなに、ぼろぼろになるまで泣かなくてもいいのに。──ねえ、どうしたの?」
リョーマの身体を抱き締めて、手放しで延々と泣き続ける千石に声をかける。リョーマの声がまるで聞こえてないみ
たいだ。
改めて、この状況の異常さに気がついて自分の状態を確認する。黒の学生服。これは、いつもの青春学園の制服だと
思う。でも、千石も同じ制服を着ているし、どこか細部が違うような気がする。校章やボタンがなんとなく違うかもと
観察していると、それよりなによりも身体がおかしい。なんでいままで気づかなかったんだろうってくらい焼けるよう
に身体が熱い。
(熱いんじゃなくて、これ、……。俺は──)
パッと目を開けると、目の前にはむにゃむにゃと寝言を言うように唇を動かしている千石の間の抜けた顔があった。
リョーマの身体を拘束するように、両腕がまわされている。閉じられたままの白いカーテン
から入ってくる光は極僅かなもので、まだ外は薄暗そうだった。
千石の所為でこんな変な夢を見たんだと思って、自分の身体から腕を乱暴に振り払う。
「──っ!?」
あまりの驚きのあまり、息を呑む。リョーマの身体を上にした状態で千石が抱きつくように寝ているのは、まだ許せ
る範囲だ。それはいいとして、なんでこんな状態のままなのかがよくわからない。
とろけるようなまどろみから、一瞬で目が覚めた。目を剥きながら、慎重に千石の身体の両脇に両手をついて、まだ
自分の体内にいる千石のモノを引き抜こうとしてそろそろと腰を引く。
長時間同じ格好でいた所為か腰が痺れていて、
力が上手く入らない。声を押し殺しながら、ずずっと少しづつ引き抜いていく。声が思わず出そうになって、声を押し
殺す。
「はぁっ……、……つっ……んんっ! ぁあ……」
滑りのいいシーツで、手が滑る。自重もあって思いきり内奥を抉られ、思わず声が漏れる。
寝返りを打とうとしているのかこんな状態で動こうとする千石に焦って、身体につかまる。そうるすると当然のことな
がら、千石のモノがよりぐっとリョーマの中に深く押し込まれる訳で、唇を思いきり噛みしめた。
別に、そのまま振り落とされればよかったんだとリョーマが気がついた時には、わざとなのかと疑うくらい動きま
わる千石に翻弄されて、すっかり顔は上気して行為中のように呼吸が早く忙しなくなっていた。
「あらら? リョーマくんったら、朝から自分一人でオレの身体でお楽しみ中〜? そういう時は、オレを呼んでよ。寂
しいじゃない」
欠伸交じりに、茶目っ気たっぷりにリョーマにウインクする。
違わないといえば違わないかもしれないんだけど、けしてリョーマが望んでそんなことをしていた訳じゃないのに。断
じて違うのにと理不尽な思いで、ほぞを噛む。
自分の身体の上でジタバタしているリョーマを見て、意味深そうに千石が唇をつりあげる。
「ちがっ! 楽しんでなんか! っ……」
ぐぐっと下から鋭く突き入れられて、千石の髪を掴んで堪える。
「──なんで、こんなことになってるわけ!」
羞恥心と怒りがごちゃ混ぜになった真っ赤な顔で、怒鳴る。
「だってさー、リョーマくんがヤってる途中なのに寝ちゃうんだもん。リョーマくんの中ってあったかいし。別にいい
でしょ?」
「変なところで、暖を取るな! そんなもん理由になるかよ! このバカ! ヘンタイ!」
「ふーん。リョーマくんもずいぶんと美味しそうになってるけど、このままでいいの? 折角だから、続きシない?」
朝からのドタバタの所為でリョーマの先端から溢れているどろっとした液体を手に擦りつけて、昨日の夜から繋がっ
たままで痺れはじめている縁をぐるりと指でいやらしく撫で回す。刺激に耐えるように、リョーマの内腿がふるふると
震える。
昨日の名残もあってすっかり拡がりきったそこに、難なく指が入るぐらい綻んでいるのを確認すると、指をつぷっと入れ
て中に入れたままのモノと正反対にかき回したり、もう一本指を増やしてはそれぞれがばらばらに動きまわる。もうた
まらない。自由にならない身体で、もどかしそうに身じろぎする。
「あぁ……、っく」
耐え切れなくなったリョーマは、火の点いてしまった身体を収めるようにぎゅっと千石の身体にしがみついた。
「…………なんとか、してよ」
口ごもりながら、渋々と言った体でリョーマはぶっきらぼうに言う。強張った顔をしていても、身体の状態は隠せな
い。内では千石をきゅうきゅうに締めつけていて、すっかり起ちあがってはちきれそうなモノが二人の間でとろとろと
快楽の証を零しているからだ。
じれったい状態をなんとかしようとして千石に身体を擦りつけるように、ゆらりとリョーマの腰が自然と動く。たま
らなくそそられる光景に、千石はごくりと唾を飲み込む。
まんまと自分の思惑に乗ったリョーマが可愛くてたまらなくて、それ以上に自分が我慢できなくなって、繋がったま
まの身体をシーツの上にくるりと押し倒して口付けた。
「もう準備万端だよね。中なんか、とろとろに蕩けてる」
指一本入れるだけでいつも窮屈なのにねと千石が上ずった声で内奥の様子を語るのが恥ずかしくて、眼を閉じる。
視界を塞ぐと、余計にその感覚がリアルに迫ってきた。ずんと奥まで突かれると、お腹を突き破られるようにお腹が熱い。
快感を求める身体に反して、それに追いつかない気持ちの板ばさみで、恐さが蘇えってきた。
「や、──くるしっ。キヨ……スミ」
「それだけじゃないでしょ? すごく気持ちよさそうに、オレのを呑みこんでるよ」
リョーマの身体を正面から抱き込んで自分の上に座らせるようにして、見せつけるようにぐちぐちと粘着質な音を立
てて中の襞が捲くれあがる勢いで出し入れする。生まれてから一度も受け入れたことなどないものを難なく受け入れて
、千石のモノに淫らに絡みつく様がリョーマの眼からもはっきりと見えて、
「ゃあ……あぁ」
眼が眩むような羞恥心すら快感へとすり変わって、嬌声をあげる。
先走りの液でぐちゃぐちゃになったものを、千石が指で輪を作って扱きあげるように刺激する。
内と外からの刺激の強さに、リョーマは力なく喘ぎながら生理的な涙を流す。それに気づいた千石が唇を寄せて、涙を舌で舐め取る。たったそれ
だけのことで、リョーマはびくびくと瞼を切なげに震わせる。
「泣かないで。リョーマくん、好きだよ。……だいじょうぶだから」
なにがだいじょうぶなんだかと心中で罵りながら、その言葉に安心している自分がそこにはいた。
ぴっちりと隙間もなく抱きあったら、しっくり納まったパズルのピースみたいに馴染んで俺の身体の一部みたいだ。
こんなに熱いんだから身体を構成する全てがそこから溶けて、キミと俺が混じりあえればいいのに。
どんなに願ってもキミがいつかはいなくなるというのなら、カケラだけでも自分の身体に残しておきたい。
俺の身体の中で永遠に生き続ければ、いつだってひとりじゃないから。
そんなことは無理だってわかっているし、それじゃ意味なんてないのに、無意味なことすら望んでしまう。
キミがいない世界は色がなくなってしまって、絶対につまらないよ。ねえ、どこかにいったりなんかしないで。
お願いだから、ずっとずっと俺の側にいてよ。バカな俺のこと、リョーマくんなら放ってなんておけないでしょ?
意識を失った細い身体を、かけがえのない宝物のようにそっと抱き寄せた。
二度寝というよりはダウンと言った拍子で、リョーマはぐったりとベッドに顔を沈めている。露にされた白い項に、
意識がないリョーマが呻くぐらいきつくマーキングする。
この様子じゃ、しばらく起きられなさそうにない。ほんの少しだけ悪いなと思いながら、リョーマと同じ枕に頭
を沈める。
自分がしでかした悪戯の所為でこうなったわけだけど、我ながら楽しい。朝から、リョーマくんのあんな顔が見られ
るだなんて……。オレって、ラッキー!
それだけでまた昂ぶってきた正直な身体に苦笑をする。
怒られてもいいや、リョーマくん謝れば許してくれるもんね〜。
うふふっと、独り言ならぬ一人笑いを漏らした
*
「海に行った感じ、しないんだけど」
痛むような未だに疼くような身体を騙しながら、太陽が頂点にぎんぎんと輝く真昼に昨日向かうはずだった駅へ向か
って歩いていた。反応を見せない男に、あんたの所為だからねとわからせるように強い視線を向ける。
「オレと、海で楽しんだじゃん。また一緒に行けば、いいじゃない」
千石がオレの方に力を入れると、身に覚えのある、いや、覚えさせられたリョーマの耳がさっと赤くなる。
「アンタとは、もう海行かない」
早足で、歩き出す。
「まだ夏ははじまったばかりだよ? なんで。また行こうよ」
「絶対やだ」
「だって、まだ泳いでないじゃん」
ふいにニヤッと嫌な笑顔を見せる千石に、リョーマは嫌な予感におそわれた。
「あ、さては、リョーマくん泳げないんでしょ?」
「なっ」
予想外のことを言われて、一瞬言葉に詰まる。
「そんなのオレが手取り足取り教えてあげるしさー、浮き輪だって買ってあげるって。海で浮かんでるだけでも楽しいか
ら、また行こうよ。ねっ」
「なに、ヘンな勘違いしてんの。俺、泳げるし」
「へぇ。ほんとかなぁ。オレ、リョーマくんが泳いでるの見たことないけど?」
疑うような眼差しに、うっかりしたことを口走る。
「その眼にしっかりと見せつけてやるから、覚えてろよ」
「じゃあ、来週はプールに行こうねっ!」
「……なんで、プール?」
「え? なんとなく海より、プールの方が近いからかな。ま、いいじゃん」
オレンジの髪を揺らして、ニコッと無邪気に笑う。
プールなら別に平気だろうと、この時点ではリョーマは普通に考えていた。当然というか予想されるべき末路なのだ
が、千石と一緒にプールに健全に泳ぎになんて行ける訳もなく、夜もやっているからという誘い文句にうまうまと引っ
掛かってプール付きのラブホテルに行くことになるのだった。
***
ストリートテニスが出来る公園。
英語の補講を受けているから遅れる。千石から来た賑やかで無駄に長いメールを要約するとそういうことで、暇を
潰せる場所にリョーマは先にやって来ていた。
「アンタ、言うだけあって結構やるじゃん」
先程まで試合をしていた男に見直したと言わんばかりに、健闘を称える。無意味に偉そうなだけじゃなかったみたい
だ。男に知られたら、怒り心頭になること間違いないことをリョーマは考えていた。
「テメェも、チビにしては中々やるじゃねえの」
「体格とかそんなの関係ないだろ。体格に恵まれてたって、弱い奴は弱いし」
これ以上議論する気は特にないので、無造作に置いていたカバンをどかしてベンチに座る。コートでは、既に次の試
合が始まっていた。手持ち無沙汰なのでなんとはなしにみていると、隣のさっきまで試合をしていた男──氷帝の跡部が話しかけてきた。
「……なあ、どうだ?」
「なにが?」
「アイツだよ」
「アイツって?」
何も浮かばずに首を傾げてその先を促すと、跡部は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「千石のことに決まってんだろ」
「別に、そんなこと決まってないけど。なんかあるの?」
「様子がおかしいんじゃねえかと思ってな」
前よりも言い辛そうに口ごもりながら言い出した跡部に、リョーマは不審な眼を向ける。
「なんで、アンタがそんなこと気にするの?」
思いあたったことに気づいて、「まさか……」と言ってその後の言葉を濁す。
「あ? ふざけたこと言うと、張ったおすぞ」
「──キヨスミのこと好きなの? イチオウ、あれ俺のだし。あげないよ?」
跡部の外国の血が混じっていそうな端整な顔を、まじまじと見つめる。
「血迷った戯言を口にすんじゃねえ!」
容赦なく頭を叩かれて、恨みがましい視線を跡部に送る。
「ちょっとジョークと本気が入り混じっただけなのに。アンタって、大人気ないよね」
意外と大きな反応を返す跡部を見て、ニヤッと意味ありげに笑う。
「てめっ……」
ぐっと、再び跡部は拳を握り締める。
「で、キヨスミのことだけど、普通だよ。相変わらずバカだし。あ、たまにどっかおかしいけど。それはいつものこと
なんだけどね」
それがどうしたのかと問えば、「特に、たいしたことじゃねえ。気にすんな」と、予想していたよりもあっさりとした
反応が返ってきた。
「へえ。アンタって、意外と友達思いなんだ」
「……っ」
絶句する跡部。部活仲間でも、そんな跡部の姿は一度も見た事がないだろう。
「俺の前で、そういう気色悪いこと口走んじゃねえぞ。二度目は、ねえ」
あははっと軽やかに笑うリョーマの声に見送られて、跡部は帰っていった。
入れ違うようにして、千石が公園にやって来た。リョーマのいるベンチまで、大好物の骨を見つけた犬さながらに一
目散に駆けてくる。開口一番に、さっきの話をきり出した。
「ねえ、跡部さんとアンタって友達なの? あの人、アンタのこと気にしてたよ」
「んー、まあそういう感じかな」
複雑すぎて一言では説明出来ないが、そう呼んでもいいだろうとリョーマに頷いてみせた。
「キヨスミのこと好きなのって冗談で聞いてみたんだけど、少し本気だったんだ」
思いも寄らない可能性を聞かされて、千石は盛大にぷっと唾を噴出す。ガードしたにも関わらず盛大に手にかかって、汚いなとリョーマは顔を顰める。
「ないない! リョーマくんの勘繰りすぎだって」
誤解されてはいけないと、懸命に否定してみせる。
「でも、本気だったらどうしようかと思った……。キレイだし、カッコイイし、意外と優しいしさ」
ぽつりぽつりと、リョーマは思い出すように跡部のことを語る。
一度でもオレにそんな褒め言葉を言ったことあったっけ?と、千石は我が身の不遇を考えてリョーマから一瞬気を逸
らす。
「そんなことはないとは思ったんだけどさ、アンタのこと、あの人にはあげられないって思った」
千石の心まで射抜くように、真っ直ぐに見据える。見かける度に、惹かれずにはいられない凛とした強い眼差し。見て
いるだけで、千石の胸が苦おしいくらい高鳴る。
「ま、ちょっとした気の迷いかもね」
思いがけず恥ずかしいことを言ってしまった自分に照れて、リョーマは頭をかく。
横から、強い力で抱きしめられる。肩甲骨が身体にあたって痛いくらいに強い抱擁だった。黙って千石を見あげると
、抗議されたと思ったのかようやく力を緩める。
拒否する様子が見られなかったので、ゆっくりとリョーマの胸の中に千石は頭を埋める。
「──俺は、リョーマくんのことを誰が好きと言おうと、あげるつもりはないよ」
例え、それが神様であっても……。
腰に腕をまわして、ぎゅっと自分の方に引き寄せる。その所為でくぐもった声になって、最後の方の言葉はリョーマ
にはよく聞こえなかった。言っていることとはまるで違うのに、その仕草だけ見ると母親に甘える子供のように思えた。
「アンタって……、ほんとバカだよね」
癖っ毛で柔らかい髪を宥めるように撫でた後、そっとつむじに優しくキスを落とした。
マニアックな夢を叶えてみました♪ラブラブ度は、着実に確実に増していっています。夏は、まだ始まったばかりです。
07/03/05 up