LOVE LOST 4

4.夏の兆し

「……ねえ、亜久津いないの? 俺、またアイツと試合出来ると思って、楽しみにして来たんだけど」
 山吹に来る羽目になった張本人をつかまえて、リョーマはぶちぶちと不満をぶつける。
 折角誘うのに成功したのに、ここで機嫌を損ねていきなり帰られたら困るっていうか、嫌だ。そんなの寂しすぎる。
 この状況を上手く言いつくろえる方法を求めて、千石は普段使わない脳をフル回転させた。

 テニス部の顧問のスミレだけでなく手塚部長の都合も悪くて、急遽部活が休みになることが決まった。
 思わぬ休みに部員達は喜んでいたが、リョーマにとっては 全く喜ばしくなかった。それだけ、テニスをする時間が減るからだ。家 に早く帰ったとしても、強いことは強いけどムカツクオヤジがいるだけだから、まったく面白みがない。
 帰りしなにそのグチをこぼしていたら、「なら、ウチに来なよ。大歓迎するから!」と千石に強引に誘われた。
 予定は入ってなかったし、山吹には亜久津がいる。都大会で試合をしたけど、もう一度対戦してみたいとずっと思っていた。それがあったからこそ、授業が終 わってすぐにやって来たのに、リョーマの目的としている肝心の人物はどこに も見当たらなかった。
 自分の足元に転がってきたボールを拾いあげる。ラケットの上で無意識に遊ばせながら、まともな答えが返ってこなかったら、ボールでもぶつけてやろうかな と、千石が知ったら悲鳴をあげそうな物騒なこ とを考えてい た。

 主目的は、やっぱり俺じゃないんだ。十中八九そうだとは思っていたけどね。千石は微苦笑を浮かべた。
 嘘をつくと逆効果だと判断して、ムスッとした顔をしているリョーマに正しい説明をする。
「あっくんね、あれからテニスやめちゃったんだ。伴ジイが引き止めてるから、まだ正式に退部はしてないんだけどね。多分、もう来ないんじゃな いかな」
「えー? 亜久津がいると思ったから、わざわざ来たのに。いないなら、来た意味ないじゃん。もう帰ろっかな」
 素っ気ない声を出して、リョーマは出口の方に足を向けた。
「山吹中エースにして、ジュニア選抜にも選出された千石清純がここにはまだいるじゃない! ねっ。機嫌直して」
 千石はあやすような笑顔を浮かべて、リョーマの肩を抱いて進行方向をくるっと変える。
「アンタ、弱いじゃん。それだって、部長の代わりだったんでしょ?」
 自分が勝手に亜久津がいるって思い込んでいただけなんだけど、どこか騙されたような腹立たしい気分だ。それをそのまま顔に浮かべたリョーマは、世間に流 布 する噂を拾って直球を投げかける。
「ううっ。ひどいなー。リョーマくんは」
 千石本人が一番気にしていた所を、グサッと傷口を抉るように思いっきり突かれた。大ダメージを受けて、痛む胸を押さえる。
 すぐに、ぱっと笑顔を作りなおして、
「そんなことは、おそらくないと思うけど。だって、山吹中のエースのオレが呼ばれないなんて、おかしいでしょ?」
 地球が自転しているのは当然とでも言うのと同じニュアンスで話す。
 千石エース説に納得していないのか、リョーマは何度も首をひねりいぶかしげな顔だ。そ の様子に、千石はまた少し傷心を誘われた。
「真面目に訓練してるから、あれから強くなったと思うし。試してみてからでも、よくない?」
「ふぅん。どうしよっかな」
「じゃあ、リョーマくんが勝ったらジュースおごるよ。んで、オレが勝った場合、リョーマくんがほっぺにチューしてね。ワンセットマッチで、どう?」
 悩んでいるのを感じたので、ゲーム要素を追加してみる。
「条件が変だけど、いいよ。どうせ、俺が勝つし。暇だから、相手してあげるよ」
 一面だけ空いているコートを目の端に捉えて、リョーマは千石に挑発的な視線を送る。
「勝負は女神様の運次第だから、やってみないとわからないかもよ?」
 白い歯を見せて、千石は二カッと笑う。
「そんなよくわからないもんに頼ってるから、アンタ負けるんだよ。勝負なんて、自分次第だよ。それ以外、何があんの?」
 それを言いながら、都大会で桃城と千石が試合であたった時のことをリョーマは思い出していた。

 序盤では、虎砲を使ったりして圧倒的に千石が勝っていて、桃城に負ける余地はどこにもなかった。口だけじゃなくて、意外とやるんだなって、ちょっぴり千 石のことを、見直していた。
 リョーマが見てると知って、試合中なのに手なんて振ってきた所は相変わらずバカ だったけど。
 なのに、桃城に負けてしまったのは、ラッキーだのなんだのふざけたことを言って余裕をかまし過ぎた所為だと思う。
 千石が試合をしている所を初めて見たから、ちょっと勝つことを期待していたのに──負けてしまった。その分だけ余計に、余裕をみせていた所為で負けた千 石のことがリョーマは口惜しかったのだ。

「……そう……かな?」
 思わず言葉に詰まった千石は、ようやくそれだけをしぼり出した。
 リョーマくんって何もわかってないようで、たまに鋭すぎるほど鋭い時があるから恐くなる。そういう性分なのもあるけど、負けた時の軽い保険や自己保身の つもりもあったから。自分に言い訳出来るような余力を、どこかに残してあるのだ。
 そういうことを一度も考えたことなんてないんだろうなと思って見つめていると、リョーマは力強く肯定する。
 その強さが、まっすぐさが、眩しいほどだ。今日も、負けちゃうかもしんない。
 試合をする前から、リョーマくんには心構えからして負けている気がした。


「夏季限定のファンタ。缶じゃなくて、ペットボトルの奴ね」
 勝者のリョーマは、悠々とした態度で敗者に命令する。
「コンビニに、買出しに行ってまいりマス!」
 ピシッと折り目正しくリョーマに、敬礼のポーズをとる。6−0でボロ負けなんて、茶化さずにはやっていられない。今度の今度こそ、真面目に練習して強く なって、リョーマくんを感心させよう と心に誓った。
 試合の余韻で汗ばんで熱い胸の中に、シャツを引っぱってパタパタと風を送りながら、何の感動もなく固まったように動かない千石の様子をリョーマはちらり と 眺める。
「ふざけてないで、早く行ってきて。俺、すごくノドかわいた」
 リョーマが座っている場所に、急に影が出来た。雲でも出来たのかと顔を反らして上を向くと、なにかを企んでそうな顔をした山吹の部長の南が立っていた。 手 塚部長と比べると、同じ部長でもかなり違う。近寄りがたいという感じはなく、近所にいる親しみやすいお兄さんといった雰囲気だ。
「それは、丁度いいな。皆の分もついでに買ってきてくれると、助かる」
 クーラーボックスの肩掛け用の紐を千石の肩に手際良く引っかけ、コートの各所に散っている部員達に聞こえるよう声を張りあげる。
「千石が皆を代表してコンビニに行くから、頼みたいヤツはいまの内だぜ。千石は金欠らしいから、金の方は先払いな!」
 状況が飲み込めずにわたわたしている千石を見て、南はククッと喉の奥で笑う。
 いつも問題児千石に悩まされているので、たまにはいいだろう。胸がすく思いだった。
「千石先輩、悪いっスね〜」
「お願いしますデス」
 部員達はさほど悪いとも思わずに笑顔でそう言いながら、南が持っている缶の中にお金を次々に入れていく。
「で、これがまとめた金な。お釣りがあったら、ちゃんと持って帰ってこいよ。ばっくれんじゃねえぞ」
 急な展開についていけない千石へいつもよりドスを効かせた声で、南が最終決定を伝える。
「えー! なんで、そうなるの?」
 千石は勝手に背負わされた大きなクーラーボックスを身体に担いだまま、南につめ寄った。
「迷惑ばっかかけてるんだから、たまには皆の役に立て。丁度いい機会だろ」
 抗議を一切無視した南によって、空っぽのクーラーボックスにお金が入った缶が入れられた。
「え、ちょっと!」
 上に振りあげた手をどう下ろしていいのかわからない。
 千石は困ったような顔をしてリョーマを見ると、
「いってらっしゃーい」
 可愛い声で送り出された上に、笑いを堪えたような半笑いの顔で手を振っていた。
(……なにこれ? もう可愛過ぎ!)
 ツボにはまる。悪戯が成功した子供みたいに無邪気なリョーマくんの笑顔に負けた。
 リョーマくんが笑ってくれるなら、このくらいいっか。抵抗することを、すっぱり諦めた。
「南〜、持ちきれなかったら迎えに来て。携帯で、ヘルプコールするからさ」
「あー、ハイハイ。休憩が終わっちまう前に、さっさと行って来いよ」
 南はおざなりに返事をして、縋りつきそうな千石をしっしと手で追い払った。
「冷たすぎるよ、南」
 とぼとぼとした足取りで、千石はようやく買出しに行った。


 ベンチに残っているリョーマの隣に腰掛けて、練習とも遊びともつかぬ打ち合いを見ている無口な少年にこちらから話しかける。
「山吹は、どうだ。楽しいか?」
「別に、普通っスよ」
 学校によって練習の仕方は違うので、どれが悪いとか何がいいとかはっきりとは言えない。ただ、山吹はダブルスプレイヤーに向いている人が多いんだなと、 ずっと見ていて思ったくらいだ。
「……千石とつきあってるんだって?」
 なぜかよくわからないけど顔をどことなく赤くした南にそんなことを聞かれて、一瞬だけその意味が取れなかった。
「へ? ……直接聞いたんですか?」
 まったく、どこまで言いふらしているんだか。千石が帰ってきたら、とっちめてやらなくては。
 リョーマは拳に力を入れて、ぐっと握り締める。
「満更、アイツのデマでもなかったようだな。急にそれを聞かされた時には、びっくりしたぜ。なにせ、それまで超がつく程の女好きだったからな」
「俺も、びっくりでしたけど」
「だろうな」
 軽く笑って、ガットを指でいじっているリョーマに身体を向ける。
「おまえとつきあうようになって、アイツも変わったんだぜ。朝練なんか、人より三十分も前に出て来る気合のいれようだしよ。まあ、その分放課後に三十分早 く帰 るからプラマイゼロなんだけどな」
 友人がいない内に内情を暴露したのに少年の反応がクールだったので、恥ずかしくなってきた。その気まずさを誤魔化すように、南はぽりぽりと指で頬をか く。
「まっ、部活をさぼんなくなったのはい いことだ」
 以前の千石をしつける苦労を思い出して、南は話の結論をつけた。
「……そんなことしてたんですか」
 サボりじゃないって。それ、普通にサボりじゃん。バカだな。青学に迎えに来るのがやけに早かったのは、こういう訳だったんだ。
 自分に都合がいいように動く千石にいつも苦労してるんだろうなと、南の苦労に束の間心を馳せた。

「あの分じゃしばらくかかるだろうし、これでも飲むか?」
 フタを開けていないミネラルウォーターを勧められて、リョーマは首を振った。
「いいっス。待ってるから」
 一瞬も迷わず首を左右に振ったリョーマを見て、南はふっと瞳を和ませた。
 リョーマの肩に手を置いて、
「千石のことよろしくな。今回は、どうも本気みたいなんだ」
 千石の為に南が出来ることはこのくらいしかないが、ないよりはあった方がいいだろう。
「別に、そんなんじゃないっスよ」
 南に勘違いされている気がしたので、リョーマは念の為訂正しておく。
「ああ、わかってるよ」
 頷きながら、こっちを見て笑っている南の顔は、やっぱりわかってなさそうだった。説明がめんどくさいのと否定すればするほど、こういう場合は泥沼にな る。誤解が十だったのが百になる不二先輩じゃないので、このまま放っておくことにし た。

「オレがいないどさくさに紛れて、リョーマくんのこと口説かないでよ! 観賞するにしても、最低1m以上離れてくれないと困るなぁ」
 買出しに行った時とは打って変わって、二人の間に割って入る勢いで千石が帰ってきた。
「おまえじゃあるまいし、そんなことしねえよ」
 ベンチに隣で座っていただけでそんな疑いをかけてくる千石に、南は呆れた目を向ける。
「そんなことないよ。リョーマくんはすごくすごく可愛いから、南がいつ血迷ってもおかしくないんだから──」
 真面目な顔で、千石は切々とリョーマの魅力を力説する。
「アンタ、そんなバカみたいにでかい声で、恥ずかしいこと言わないでくれる?」
 周囲から視線が集まって来たので、リョーマはジャージの襟を立てて顔を隠した。
「だって、ほんとのことだもん。嘘言ってないもんね〜」
 ケロッとした顔で、千石はキッパリと言いはる。
 すくっとベンチから立ちあがったリョーマは、「バカッ!」と言うやいなや、蹴りを放つ。これくらいもう慣れたよと言ってひょいっと身をかわした千石の背 中に、打撃に隠されたボールが突きささる。
「リョーマくん、ボールは反則だって! それ、凶器だって知ってる?」
 うわー、あ痛たたぁっと派手な悲鳴をあげて、千石は地面をごろごろと転がる。
「……大丈夫?」
 下を向いて動かなくなった千石の顔を、上から覗き込む。
「へへっ、いまオレのこと心配したでしょ? リョーマくんってば、やっぱ超可愛いなー! リョーマくん大好き」
 ダメージなんか感じさせないようなあっけらかんとした顔で、千石は笑う。
「するわけないだろ! バーカ!」
 ダンッとリョーマのごついスニーカーで顔を思いきり踏まれそうになって、慌てて千石は横転して避けた。
 恋人っていうよりは、いいコンビだな。二人が揃っている所を見て、南はそう感じた。

「千石、頼んだ物ちゃんと買って来たのか?」
「はい。これ」
 リョーマに謝り倒すことで先程の件を許してもらえた千石は、にっこりと笑顔で十二本入りのヤクルトを南に差し出した
「それ、ヤクルトじゃねえか。おまえ、バカじゃねえのか?」
「バカじゃないもん。乳酸菌は、身体にいいんだよ。南、そんなことも知らないのぉ?」
 揶揄するように片眉を引きあげて、にやにやと笑う。
 こんな嫌がらせをするとは予想していなかった南はキレそうになったが、いや──この場合、予想するべきだったのかと考えてそのまま押し黙った。
「千石先輩、やることが子供っスね」
「わー、意外といけます! ヤクルト美味しいデスよ」
「久々に飲むと、美味いな」
 千石の思惑に反して、ヤクルトは意外な人気を博していた。
「…………もー! ちゃんと、ジュースだって買ってきましたよ! 当り前でしょ」
 クーラーボックスから2.5リットルのペットボトルを二本取り出して、南に渡す。残りの二本は、ベンチの上に置いた。
「確か、部室に紙コップたくさんあまってたでしょ? だから、これでいいかと思って。節約にもなるし、軽いからね」
「まあな。おまえって、たまに知恵がまわるのな」
「オレの真価がようやくわかったなんて、遅いよん」
 南に珍しく感心されたが──それよりもと、部員達の群れを手でかきわけて、リョーマの元へ辿り着く。
「お待たせ〜。リョーマくん」
 ご要望の夏季限定ファンタを差し出した。
「すごく待った。遅すぎ」
 リョーマは冷たくそう言って、フタを開けてすぐラッパ飲みのようにジュースを喉に流し込む。
「ごめんね」
 ひどく申し訳なさそうな顔をする千石を見ると情けなさすぎて怒る気にもなれなくて、すぐに笑みを浮かべる。
「別に、いいけど」
「リョーマくんは、優しいよね」
 千石は、にこにこと幸せそうに笑った。
「アンタは、なにか飲まないの?」
 手に何も持っていない千石に気づいた。
「……オレ? オレは、別にいいよ」
「これ、マズイから、アンタにあげる」
 残り三分の一になったジュースを、千石に無理矢理手渡した。
「? ……えーと、……うん。ありがと」
 わかってしまった。一応、喜びをそのまま顔にだすと多分怒られると思うので、それを顔に出さないように心がけた。
「──これ以上、なんか言ったら殺すから。あと、いますぐ飲まないなら捨てる」
「ちぇっ。ちょっとこのまま保存しておこうかなって思ったの、もうバレてる? いやー、なんでもないよ、なんでも!」
 リョーマの視線が鋭さを増したので、味もわからないままにジュースを一息で飲み干した。
 途端に、炭酸の刺激が喉を焼いて、千石はゲホゲホッと盛大にむせる。
「アンタって、ホント落ち着きないよね。これで、年上って言えんの?」
 言葉とは裏腹に、リョーマの手は優しく千石の背中をさすっていた。




***

 風鈴が鳴った時に響く涼しげなチリンチリンという音が、どこかから聞こえてくる。音の鳴っている元を探すと、夏になるとよく見かけるアイスキャンデー売 りのおじさんが公園にやって来ていた。年季の入ってそうな自転車に、大きなアイス ボックスが乗せてある。自転車の前の籠には、大きな青いノボリが立てられている。青が基調の布にアイスキャンデーと言う文字が白で染められていて、ノボリ の先の部分に小 さな 風鈴がくくりつけられていた。
(あそこから、聞こえてきたんだ。まだ夏が来て間もないのに、早いな)
「ねえ、アイスキャンデーでも食べない? 見かけたら、なんか食べたくなってきちゃったんだけど」
 千石に問われて、リョーマはもちろんと頷いた。

「ソーダとメロンとあるけど、リョーマくんは、こっちだよね」
 渡された袋には、うっすらと霜がついていた。手で払うと、ソーダ味と書いてあった。
「俺の好きな味、なんでいつもわかるの? アンタって、俺のストーカー? それとも、乾先輩に聞いたの?」
 アイスは色々と試すけど、氷菓子系なら絶対ソーダ味と決めている。千石の前で、そんな話をした覚えはない。そこから芋づる式に、そんなことが何度もあっ た ことを思い出した。
「ブー! どれも違います。……正解は、愛の力でした♪」
 手を交差させて大きくバッテンを作ったあとで、答えを発表した千石はニャハッとおかしそうに笑う。
「バカなことばっか言ってんなよな」
 さらりと流して、カチカチに凍りついたアイスキャンデーに齧りついた。

「──オレたちってさ、つきあってもう軽く2ヶ月は経ってるよね。それって、オレのこと好きだからだよね?」
「まあ、多分そうなんじゃん。嫌いじゃないから、つきあってんだろ」
「流石に、もう仮じゃないよね? ……え? まさか、まだ仮?」
「さあ、どうかな……」
 びくびくしながらリョーマの反応を窺う千石に、わざと意味深なコメントを残す。
「オレの気持ちを弄ぶなんて、ヒドイ。ここで、泣いてもいい?」
「どうせ、ウソナキなクセに。──で、本当に泣いたら、他人の振りして置いて帰るから。そのつもりでいてよね」
 日を追うにつれて、千石との親しさは気軽に軽口を言いあえるくらい増していた。
 口にした通りに、嫌いじゃないから一緒にいる。大好きかどうか問われるとまだ少し困るけど、好きな方には入る。
「この辺まで来ると、ちょっと冷たいよね」
 シャクッと音を立てて、棒から落っこちそうなアイスキャンディーを地面に落ちる前に口に入れた。
「アンタのって、何味って言ってたっけ?」
 食べ終わったのでようやく辺りに目を向ける余裕が出てきた。トロトロと食べている千石の口許を眺めた。
「メロン味。一口食べる?」
「メロン? なんか貧乏くさいよね」
 それを聞いたリョーマは、思わず顔を顰める。
「メロンは果物の王様なんだよ! バカにしちゃいけねえな。いけねえよ」
「それって、メロンだったっけ?」
 桃先輩に似てるとつっこまれるのを期待していたのに、そんな所はあっさりとスルーされた。
「そうだよ。だって、メロンって高いじゃん」
「ふーん」
 それで丸め込まれたのかと思えば、リョーマはふいに矛先を変える。
「あ、アンタの舌、すごい緑になってる! それ、メロン果汁なんて絶対入ってないよ」
「夢が入ってるから、いいんデス。そう言うリョーマくんの舌だって、青くなってるんじゃない?」
 言われてリョーマは頬をぺたりと手で触るが、そんなことで内部の様子が解るはずもない。
「どう?」
 チロッと、千石に舌を出して見せる。
「うん。ばっちり青くなってるよ。ちょっとしたエイリアンみたい」
 笑って言ったのに、どうやらリョーマの気分を害してしまったようだ。
「気持ち悪い緑よりは、マシだと思うけど」
「この場合、どっちもどっちだと思うよ?」
「ウルサイな」
 しごく最もな千石の指摘に、毛を逆立てた猫のようにリョーマは首を振る。
「言論統制には、反対デス。んでもって、暴力も反対!」
 最後の一口を急いで口の中に放り込んで、急所の顔と腹を手でガードすると、足を踏まれた。ガードが甘かったことを悟ったが、既に遅かった。

「外で食べるには、ちょっとまだ寒かったみたいだね」
 夕暮れになって、風が出てきた。冷たい物を食べて体内温度が低くなっている身には、それが少し応える。
 身体を僅かに震わせているリョーマに気づいて、体温を補うように側にある身体を抱き寄せた。補うより前に、温もりが伝わって来る。
「オレも、あったかい。……もうちょっと、このままでいいかな?」
 もぞもぞと動く頭はそれには何も答えずに、千石の胸にそのまますとんと埋まった。

 早く、本格的な夏が来るといいなぁ。この温もりが手放せなくなる前に……。
 鳴るタイミングがやけに忙しい風鈴の音が、またどこかから聞こえてきた。






本命には、迂闊に手を出せない清純なところも持っている清純。夏本番前の初夏の時期は、まだ少し寒くて寂しい。
06/04/27 up
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