97. アクセサリー


23日の金曜日の放課後。
その日から、千石のミッションはスタートしていた。
この前の自分の誕生日のように、誰かさんによって台無しにされてはならないからだ。
なんと言っても、今回の誕生日は3年越しの大事な計画でもある。失敗は絶対に許されない。
部活後のリョーマくんを先輩達の前から、有無を言わせないように拉致る。
不倫をしているカップルのように偽名で予約しておいたホテルに、リョーマの誕生日前日から泊まると言う念の入れようだ。
完全犯罪のように入念に完璧に練られた計画のお陰か、千石の邪魔をするものは今回はいなかった。
携帯で誰かに呼び出されないように、リョーマに気づかれないようそっと携帯の電源を切っておくという細部まで気を抜かなかった成果かもしれない。
何度かけても繋がらない携帯に舌打ちした者がいたとか・・・。それも全て、後の祭りだった。


強引な千石に少し文句を言ってやろうと思った瞬間、先月自分が千石に約束していたことだったと思い出した。
だから、慌ただしく手を引いて連れまわしていく千石の後に、何も言わずにそのまま着いて行く事にした。
それに、そこまでして自分の誕生日を祝ってくれようとしてくれる千石の必死な気持ちが嬉しかった。

時報を聞いて合わせておいた自分の時計を、千石は真剣な顔で見つめている。
──3、2、1。二つの針が十二の数字に、ぴったりと重なった。
呼吸も止めていたようで、緊張が解けてようやく息を吐いた。
「リョーマくん、十六歳の誕生日おめでとう。これ、プレゼントなんだけど、開けてみて」
お礼を言った後で綺麗にラッピングされた袋を開けると、丸まった白い紙と白いリボンで結ばれている掌サイズの小さな箱が入っていた。誕生日のお祝いの言葉 でも書いてあるのかと思ったので、先に白い紙を読めるように開いてみた。
「………?……ぷっ」
一度噴き出すと、もう止まらない。あははっと、リョーマの反応を心待ちにしている千石の目の前で、椅子に座ったままの姿勢でしばらく笑い転げる。
「アンタってさ、少しは大人になったかと思えば、相変わらずこういう所とかバカだよね」
夫の欄に千石清純としっかりと記入済みで、妻の欄が未記入の婚姻届の用紙を見て、眼に涙さえ滲ませながら笑った。
クラスの女子がもう結婚出来る年になったと教科書を見て騒いでいたのを思い出して、こんな事をした千石の意図がようやくわかった気がした。
(女の子じゃないんだから、俺の歳に拘ることなんてないのに。男で結婚出来るようになるのは、18歳からだし。それに、男同士なんだから注目すべき 所が、最初から違うだろ。キヨスミは、いつもどっかずれてるんだ よ)
呆れたような、いつものことだからいいかと諦めるような複雑な表情で、千石を見つめた。
「それに、そこまで三年前から拘ってたんなら、俺が十八になるまで待つべきじゃない?」
千石は何歳になっても、やっぱり千石だった。三年前からこんなことを計画してたなんて、流石のリョーマも気づけなかった。

「……笑うなんて、ヒドイな」
最近になってからよく見るようになった千石が大人になったことを感じさせる笑顔だ。静かな表情を見て、リョーマも笑いをおさめて、じっとその顔に見入っ た。
「これは、前から思ってもいたんだけど、今のオレの正直な気持ちでもあるんだ。オレが大学に入ったら、リョーマくんと一緒にいる時間とか、距離が今まで以 上に離れると思うんだ。中学時代にさ、…リョーマくんがアメリカに行く話があったよね?」
尋ねられたので、その当時の悩みとか騒動を思い出しながら、コクリと頷いた。
「あの時は行かなかったけど、将来的には行くかもしれない。もしかしたら、オレが思ってるより早くその時が来るかもね。それは、リョーマくんの夢に近づく 一歩だから、寂しくはなるだろうけど応援したいって、心から思ってる」
中学時代のオレと、いまのオレは違う。
リョーマくんと対等な位置に立っていられるように、無駄かもしれない努力だって惜しみたくない。
リョーマくんに対して、本気だから。
「…だけどね」
言葉を切って、初めて会った時に一目で魅了された瞳の中に映る自分の姿を探して、鏡の中の自分と向かいあうような気持ちで宣言した。
「リョーマくんとは、これからもずっと一緒にいたいんだ。一番近くで、キミのことを見ていたい」
言い終わって、強張った顔を崩すようにしておどけたように笑って、リョーマの気持ちを楽にさせようといつものような軽口を言い出した。
「まあ、オレの気持ちの現れで、決意表明みたいなものかな。あわよくば、これでリョーマくんのことを縛っておきたいんだけどねー。売約済デスってさ」
そんな無理は、言わないよ。
それとも、言えないだけなのかもしれない。
これからもっと輝きを増していって、手の届かない所まで行ってしまいそうな君を、オレの手元に引き止めておけるとは思えなくて。
実を言うと、そこまで自分に自信 がなかった。リョーマから顔を隠して、自嘲するように口元を歪めた。

(いつもずうずうしいクセして、変な所で遠慮っぽいんだから。ずっと、オレのものでいてとか、それくらい言えよ)
自分の事が信頼されてないような気がして、少しムッとする。
もう一つのプレゼントを、やや乱暴にリボンを引っ張って箱を開けた。箱の大きさとこの展開から想像していた通りの中身だった。十六歳になってもらったもう 一つのプレゼントは、シルバーのシンプルなリング。裏に、「fortune」と彫ってあった。
「ここで幸運を選ぶなんて、ロマンティックで夢見がちなキヨスミらしいセレクトだよね」
彫ってある英語の字体をなんとなく指でなぞった。
「…………つけてよ、キヨスミが」
千石の前に、すっと左手を差し出した。
「いいの?リョーマくんって、束縛されるのってそんなに好きじゃないでしょ?」
おずおずとした様子で、千石が尋ねて来る。
(それは、自分だろ。束縛されるのとか嫌いなクセして…、よく言うよ)
そう言って、罵ってやりたいのを堪える。
そんな風に自由に生きたがるキヨスミが俺を束縛して、自分のこともこの指輪という形で束縛しようとしている。どんな覚悟で言ったのか、俺にわからない訳が ない。
躊躇するように指の途中で止まった千石の指を促すように上に右手を重ねて、薬指の奥まで指輪をはめさせた。

「俺…、清純のずっと変わらずに、バカなところ好き」
(いつもバカみたいに一生懸命で、バカみたいに思われるくらい本気な所。全部好き)
リョーマは最後まで言い終わった後、晴々した顔でニッと笑った。

そういう細かいニュアンスは伝わらずに、バカって……とリョーマの言葉をそのまま取った千石はショックを受ける。
(ちょっとは、利口になったと思ってたのに。オレって、いつまでそういうキャラなんだろ)
うぅーと唸りながら頭を抱えていた千石は、リョーマの声がしたので顔をあげる。

「未来なんてわからないけど、いまの俺はキヨスミと一緒にいたい。だから、側にいるよ」
目を伏せて、千石の思いがたくさん詰まった指輪を見ながら言った。
「俺も、アンタの側に、一緒にいたいから」
顔をあげて、千石の顔を真っ直ぐ見据えた。
「…………キヨスミ、ありがとう」
誕生日を祝ってくれて、ありがとう。
俺のことを真剣に思ってくれていて、ありがとう。
3年前と変わらない思いをくれて、ありがとう。
これからも、俺と一緒にいたいって真剣に思ってくれて、ありがとう。
リョーマのそんな思いがたくさん詰まったありがとうだった。

この記憶は思い出となって、いつか違うものに塗り変えられていくのかもしれない。
それでも、照れたり誤魔化したりせずに、今のありのままの気持ちを伝えてくれたリョーマくんのことは、ずっと忘れられないと思った。
これじゃ、まるでオレが誕生日を迎えたみたいだ。だって、あまりにも幸せすぎるから。
幸せな夢を見ていると、その幸せな分だけ夢から覚める時が恐い。
想像するだけで失う恐怖に震えそうな自分を奮い立たせるように、リョーマの左手の指輪をはめた薬指にまるで祈るようにキスをした。
これからも、君と一緒に歩んでいけますように…。
この気持ちを、ずっと忘れずにいられますように…。
オレとリョーマくんを結ぶ絆が、永遠に続きますように…。
神様なんて不確かなものなんかじゃなくて、いますぐ側で優しくオレのことを見守ってくれるリョーマくんに誓いを捧げた。

触れられたのは指輪だけだというのに、そんな千石の姿を見ているだけで、リョーマの心臓の鼓動は高鳴っていく。
愛しいのか、切ないのか、欲情しているの か。それすら、自分でもよくわからない。
自分の感情は前よりわかりやすくなったと思っていたのに、そこに千石が絡まっただけでいつでも予期しない方向にいってしまう。
今日で一つ歳をとったというのに、冷静になんてちっともなれやしない。
どうして、いまでもこんなに好きなのかなんて、はっきりした理由は言えない。
はっきりしてるのは、俺はキヨスミが好きってことだけ。

―――-それだけが、今はわかってればいい。

頭より先に動いたのは身体で、千石との僅かな隙間を埋めてゼロにした。



*

「リョーマくんには言わずもがなだと思うけど、fortuneには幸運の他にもう一つ意味があるんだよ」
それはね……と言いかけた千石の唇を人差し指でふさいで、先にリョーマが言葉にした。
「運命。…でしょ?」
正解と言って頷く千石の鼻に、人差し指の先をツンと押しつけた。
「幸運と運命なんて、アンタの得意中の得意だろ?その二つを従えていれば、なんとかなるんじゃない」
隣で寝ている千石の手に、自分の左手を絡めるように重ね合わせた。
「オレには、リョーマくん自身がその塊みたいなものだけどね」
光り輝く眩しいものを見るような眼でリョーマを見て、眼を瞬かせた。
「いまなら、捕まってあげてもいーよ」
先着1名でさ。そう言って、ニッと笑った。
ラッキーの申し子たる千石がこんなラッキーチャンスを逃す訳がなかった。
すぐに消えてしまいそうな幸運の女神の前髪ではなく、千石の運命であり幸運な存在を逃がさないと言う思いを込めて、腕の中に捕まえた。






すっかりリョーマと結婚する気でいた上に、プロポーズまでしてしまう清純でした。
明るい将来設計は、3年前から始まっていました。その間に、お気楽な考えも変化します。
未来のことを考えて不安になるキヨスミと、いまの時間を大切に過ごしたいと考えるリョーマ。
二人の考え方はそれぞれ違うけど、お互いを好きな気持ちは一緒です。
この関係が続いて、願わくば新婚さん編まで見続けていきたい二人です(笑)

05.12.24 up→06.04.30 改稿 up

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