74. 11月


「……ねえ、三年後のこの日も、オレの側にいるって約束してくれる?その約束が、いま一番欲しいんだ」

どうして、三年後なんだ?リョーマには、その区切られた期限がいまいちよく解らなかった。
ただいま、千石清純の十五歳になったばかりの誕生日当日。俺の現在進行形の恋人。
お邪魔虫に絶対邪魔されないように、オレん家に今すぐ来て!と言われて、千石の家に呼び出されていた。
プレゼントをまだ買っていなかったので、誕生日プレゼントに欲しい物なんて本人に聞くのが一番いいだろうと単刀直入に千石に切り出したら、そんな事を言い 出 し た。

わくわくした顔をしている千石を、じっと観察でもしているように冷静に見つめる。
珍しく変なことを要求しないと思えば、同じ位変なことを言い出すなんて。
完全に、リョーマの予想外だった。
ドキドキしながら千石が返事を待っていると、普通に三分経過する。
腑に落ちないと言うように自分の顔を見て首を傾げるリョーマを見て心配モード全開になっている千石に、さらっと爆弾発言をした。
「さあ……、わかんない」
「ちょっと!そこは笑顔で少し間を取った後に『……うん』って頷いて、頬を赤く染める所でしょ!」
その演出古いよとツッコムより前に、鬼気迫る勢いで顔と顔がもうすぐぶつかる距離まで詰め寄られる。
落ち着かせるように近くにある頬にそっと左手で触れて、千石の顔を間近で見つめたまま尚も話を続ける。
「だってさー、なにがあるかわかんないじゃん。アンタが浮気したり、別に恋人作ったりとか。あと、俺に他に好きな人が出来るかもしれないじゃん」
さらさらとヒドイことを言い募っていくリョーマに、オレって、本当に愛しの恋人なの?といつもの疑問を抱かずにいられない。
「そんなことは、絶対ないから!リョーマくん……マジ冷たいこと言わないで……。本気でへこむからさ」
オレって、そんなに信用ないのかな。弱気な顔になる。眉がヘニョッと斜め下に下がる。
まあ、軽いジョークなんだけど。もちろん、本気で言った訳じゃない。それを全部本気で取って、千石はめでたい日だというのに泣きそうだ。
「……わかった。アンタと俺がもし別れたとしても、三年後のキヨスミの誕生日には何があろうと一緒にいてあげる」
「なんだかなー。信用していいんだかわかんないんだけど」
リョーマの確約に安心していい物か悩む。ちょっと答え方が微妙だ。悩みながらも、リョーマの後髪に自然に手を通して何度も梳きけずる。
くすぐったいような気持ちがいいような感じで、リョーマはほんの僅かに眉を顰める。
「別に、いいよ。キヨスミが信じてれば、本当になるかもしれないし」
「リョーマくんのことを信じるのは、オレの得意中の得意だよ!」
「なら、いいんじゃない」
柔らかく笑みの容に、唇を綻ばせた。
それを見て堪らなくなってしまった千石によってお決まりのコースになって、ちょっとだけその日は特別コースになった。




***

千石の頭の周りにだけ何か特別な物でも浮かんでいるのかと思ってしまう位、何かがおかしい。異様なハイテンション状態だ。
なんでそんなに機嫌がいいんだ?買出し後の重い荷物を持って、疲れてるはずじゃないのか。
平常時より様子がおかしい千石に南が声を掛けようとすると、室町に手を引っ張られた。
「見ない方がいいですよ。そういう時は、絶対・・・、」
もう遅かったかと、壇が千石に話しかけているのを見て室町が天を仰ぐ。
冬空は、塵一つ浮かんでいない位ピーカンに晴れていた。
「千石先輩。今日は、なにかいい事でもあったんですか?『テニス部を辞めたオレが、なんで買出しなんか手伝わなきゃなんないの!』って、いつも嫌がります よ ね。それを今日は積極的に手伝うなんて、もしかして!?」
あー!と、何かを思いついたのか大声で叫ぶ。背の順でいつも一番前だった中学生の頃と違って、高校生になって幾分か背丈が縮まったハズなのに、千 石も背が伸びているのであまり縮まった感じがしない。少しそれを悔しいと思いながら、千石を見上げてキッと睨みつける。
「11月から、先輩は雪を降らしたいんですね!寒くなるんで、そういう気まぐれは辞めて下さいデス!変な思いつきは、迷惑です」
「えー?全然違うよ。雪なんて、クリスマスに降ればいいじゃん。それより、ぶっちゃけ壇くんってば、オレに失礼すぎ。なに、その発言?」
わざとらしく眉間を顰めて、心外だなーと壇に突っかかる。
「千石先輩は先輩であって、もう先輩じゃないようなものだからいいんデス」
先輩に向かって、キッパリハッキリスッキリ堂々と断言する。高校になってテニスを辞めた千石の事は、壇の中ではなかったことになっていた。
「じゃあ、一体なんなんですか?」
「壇くんさ、この話すごく聞きたい?」
「別に、そんなに聞きたくないデス。早く部室に買って来た荷物を置きに帰りましょう。最後まで、手伝っていて下さいよね」
途中で飽きたのか疲れたのか、いつも荷物を放ったらかしにしていなくなってしまうのだ。だから、最後の最後まで気が抜けない。
「もう、壇くんってば、ほんとにしょうがないなぁ。そこまで言われたら、オレも話さない訳には行かないよ。特別に、教えてあげる!」
誰も一言も聞きたいなんて言っていない。どうやら、自分が上機嫌の理由を誰かに話したくて話したくて仕方がなかったらしい。そこにのこのこと現れた壇は、 いいスケープゴートのようなものだった。
「オレね、すごいいい事考えててさー」
「聞きたくないです。いいです」
ニコニコと笑顔を浮かべながら話し出す千石に、話が長くなりそうだと察知して壇は首を振る。
「まあまあ、遠慮しないで。リョーマくんとね、オレの誕生日に一緒に過ごす約束したんだ」
リョーマって出て来た事からして、これは三時間近く捕まりそうだ。それも、軽く見積もってだが。
「夜景が綺麗なホテルに泊まって、二人だけで誕生日パーティーするんだ」
「へえー。それって、千石先輩が自費でですか?」
そんなムード満点なホテルの宿泊を千石にプレゼントするなんて、越前君の性格じゃ考えられない。
と言う事は、自分の誕生日にも関わらず千石が自費で誘ったとしか考えられなくて、確認の為に聞いてみるとやっぱりそうだった。
高校生になってもテニスで益々活躍して皆の注目と脚光を浴び続ける越前君と、この目の前でだらしなく鼻の下を伸ばしている千石先輩は、まだつきあいを続け ていた。それも、恋人として。
テニスも辞めて今は何をしているのかすら定かではない千石先輩とじゃ、とても釣りあいが取れない。この不釣合い振りは世の中の犯罪だとすら思う。それを思 う度に、壇は不思議でしょうがない。
「当然!だって、オレ、リョーマくんさえ側にいてくれれば、幸せなんだもん。ちゃんとOKだって、もらったし。後は、当日のお楽しみだけだねーv」
でへへへと、口元を不気味に歪めて笑い出す。
「うわー……」
げんなりする。他人の惚気話がこんなに体力を奪うなんて、千石に会うまで知らなかった。手に持っている荷物も、ズシリと更に手に食い込むような気がした。

「……ほらね、だから言ったじゃないですか。ああいう時の千石さんの機嫌がいい理由は、100%越前君なんですよ。そして、決まって惚気です」
「ああ、よかった。室町のお陰で、助かったぜ」
後輩を犠牲にしてしまったのには胸が少し痛んだが、珍しく難を逃れてほっと息を吐く。
蕩け顔でのろけ続ける千石を見ていたくなくて、街の人込みへとぼーっとしていく意識を向けていると話題の人物がいた。
「あ、あれって、越前くんじゃないですか?」
惚気地獄を脱出しようと、千石の意識を逸らすことにした。
「それでね……、え!?どこに?」
壇の目論見は成功して、千石はリョーマを探してキョロキョロと辺りに目を走らせる。
「……氷帝の跡部さんと一緒にいますね。随分、仲が良さそうデスけど……」
リョーマと跡部の姿は人の群れの中でも、一際目立っていた。思わず報告してしまったものの、親密そうな二人の様子がまるで似合いのカップルみたいで少し気 まずい。千石の顔を伺うと、ぶつぶつと何事か呟いている。
「恋人はオレだって言うのにー。跡部くんってば、もう!」
壇の肩をトンと叩き、真剣な顔をする。
「荷物は任せた。愛の緊急事態ってことで、よろしく!」
と、ただでさえ両手いっぱいでこれ以上持てないというのに、無理やり荷物を壇に握らせる。抗議をする間すらなかった。
「ちょっと、千石先輩!荷物!」
「ああなったら、誰にも止められねえよな」
あっという間に米粒大になっている千石の後ろ姿を見て、苦笑する。
「ほら、貸せよ。千石の分は、俺が持っていくからよ」
さっき犠牲にしたのもあって、南は千石が放り出していった荷物を壇から奪って、荷物を持ち直した。
「アイツのあんな所だけは、いつまでも変わんねえな」
「極々たまになんですけど、そういう所見ると安心しますよね。変わらないんだなーって……」
珍しいことを言いだした室町に、思わず注目してしまう。
二人のじっと凝視するような視線で似合わないことを言っている自分に気づいた室町は、曖昧な笑顔で語尾を誤魔化した。


「ちょっとちょっと、そこ離れて!」
二人の近すぎる距離を離して、跡部の間を挟んでリョーマの片脇に陣取る。
「あれ?キヨスミじゃん。どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。跡部くんとなんで、一緒にいるの?」
「そこで、会っただけ」
ねっと言って、跡部に話を振る。
「あ?……千石か。いかれた頭じゃねえから、誰か解んなかったぜ。偶然、越前と会ってな」
オレンジ頭をやめて元々の薄い茶髪に戻った千石をいつものように揶揄しながら、過敏な反応に薄ら笑いを浮かべる。
「いつまで、そのネタ使うつもり?いい加減しつこいんじゃない」
ジャブ程度な牽制を笑顔で交わして、リョーマの腰に腕を絡める。
確信犯というか、跡部くんはリョーマくんの事を張っていたに違いない。
リョーマくんは、もっと自分の身に対して警戒心を持って欲しい。全然理解されない苦労を思って、はーと溜め息を吐く。
高校でもテニスを当然続けていて、リョーマはテニス界の中で知らぬ者のいない超有名人だ。
まして、中学生の時より背も伸びて、幼く丸みを帯びていた顔もシャープになって、今は可愛いと言うより綺麗だ。街を一緒に歩いている時も、ナンパされた り、モデルの勧誘にあったりと、リョーマくんに興味を持つ奴が前より多くなった。
青学は全国大会常連校なので、全国から来た猛者達と試合をする。それが本当に試合だけなら千石だって放っておいてもいいのだが、大会に出ているリョーマく んに目をつけた選手に惚れられたり、言い寄られる羽目になるから放っておけないのだ。
千石がそういうのは追い払うのだが、問題は関東周辺にある学校のメンバーだ。学校の位置が近い事から堂々と青学まで押しかけて来たり、気が休まる暇がない とはこの事だ。
現在の一番の強敵は、氷帝の跡部くん。オレという恋人がいるのに、諦めようっていう気はちっともないらしい。
「オレがリョーマくんの恋人なんだから、あんまり近寄らないでくれるかな」
こめかみを引き攣らせながら、やんわりと注意をする。
「別に、いいだろ。永続的におまえが恋人とは限らないんだからな」
「ずーっと、そうなんです!」
「そんなに束縛したらきついぜ」
寄ると触ると二人はそんな話をしているので、頭の上で交わされている会話を無視してリョーマはMDの中身を入れ替えていた。
思いついたことがあったので、跡部の制服のブレザーの裾を引っ張った。
「ねえ、いつ試合する?」
「……そうだな。今日でもいいぜ。家のコートで打たねえか?」
目を閉じてちらっと考えると、都合がいいことに今日は両親が屋敷に帰って来ない日だと思い出した。
「うん」
部活で打ち足りないと思っていたので丁度いい。跡部の提案に乗ることにした。
「駄目駄目!そんなの口実だって!テニスした後で、どうなるか解らないよ」
あっさりと返事をするリョーマに、千石は危機を強く訴える。

「汗かいただろ?遠慮しねえで、家でシャワーでも浴びてけよ。」
汗をタオルで拭きながら、リョーマに自然な態度を装って提案する。
「ん、じゃ、使わせてもらうね」
部活後といま試合したのもあって汗だくだったので、シャワーを使いたい気分だった。
「……って、絶対こんな展開で、シャワー後に美味しく頂かれちゃうってば!リョーマくーん!」
一人芝居と妄想が終わって叫んだ時には、二人の姿は消えようとしていた。

後から、リョーマの身体に走って来た勢いで思い切り抱きついた。
「ちょっと、痛いって」
しがみつく強さに顔を顰めながら、千石を振り払おうと身体を左右に振る。
「リョーマくん、帰ろう!今日は、絶対ダメ。すごく嫌な予感がするんだ」
手を離して、さっと前に回り込む。リョーマの顔を見つめて、必死に懇願する。
「なにそれ?もう約束したし。……あー、もう。……わかった。今日は、行かない」
千石の瞳がウルウルと潤みだした。こうなると宥めるのにかなり時間がかかるし、余計に鬱陶しいことになる。それに、今日じゃなくてもいいし。
「跡部さん、ゴメン。また、今度でいい?」
「お邪魔虫がいるんじゃ、しょうがねえな。じゃあ、またな」
リョーマに向かって、極上のスマイルを捧げる。醜態をさらした千石には、見下すような笑みを見せる。驚く程の二面性だった。
やれやれと毎度の事ながら溜め息を吐いたあと、リョーマに向き直って子供に言い聞かせるように懇々と訴える。
「あのね、リョーマくん。男は、皆オオカミなんだよ。もっと気をつけなきゃダメだよ」
「そんなのキヨスミだけじゃん」
「そう。そうだよね。リョーマくんはよーく知ってるよね」
ニタリと笑う千石。その笑みで、リョーマは全てを悟る。
「じゃ、今日のリョーマくんは暇ってことだよね?ここで会えたのは運命のお導きでもあるし、行こうか」
どこに?なんて、聞いたが最後だ。聞かなくても、もう終わってそうだけど。
今度はリョーマが、やれやれと溜め息を吐いた。




*

「えっ!?ちゃんと一ヶ月も前に、予約したんですけど。予約が取れてなかったんですか?」
「誠に申し訳ございません。システムのミスで、予約が入っていなかったようです。今日は無理ですが、明日でしたら……」
従業員の説明を聞きながら、なにかがおかしいと千石は思った。
何気なくカウンターの近くに置いてある系列会社を案内するパンフレットに視線を落とすと、あっさりとその原因が解った。
跡部コーポレーション。この問題は、明らかに跡部くん絡みだ。妨害に来ないなと思っていたら、こんな所で権力を使っていたとは。
記念日に、リョーマくんとホテルにお泊まりというオレのささやかなドリームプランを、見事にぶち壊しにしてくれた。
もういいですと、力なく断って、柱にもたれて待っているリョーマの元に予約が取れていなかった事を告げた。
「アンタって、肝心な所でどっか抜けてるよね」
顔を見て、クスッと可笑しそうに笑われた。
あはっ。これ、跡部くんの所為なんだけどね。
リョーマにその事を報告をする気力すら無くなっていた。
「そんなに、夜景が見たかったわけ?ここのエレベーターで上に行けば、いくらでも見られるじゃん」
ガックリしている千石の手を引っ張って、エレベーターに案内する。
一階からノンストップで最上階まで行けるエレベーターが丁度下に着いていたので、有無を言わせずに乗りこんだ。
「なんていうか、それとは違うんだよ」
独特の浮遊感に身体が襲われる。斜めの態勢で、エレベーターの壁面にもたれる。
「……なにが違うの?」
リョーマの声で沈んだ顔をあげた千石の首に、思いっきり負荷が掛かる。そこに、リョーマが組んだ両手をかけたからだ。当然、リョーマの全体重を千石が支え る事と なる。
「ちょっ、なに?」
驚いて声をあげる千石に、リョーマは何も答えようとしない。
ガラス張りのエレベーターから、夜にだけ輝きを放つ街のイルミネーションが鮮やかに光って見える。
でも、そんなものは、千石の目に映らなかった。
千石の視界一面に映って、その全てを奪ったのは、リョーマだったから。
瞳を閉じたリョーマが千石の唇を塞ぐ。冷えていた唇が、伝わる唇の熱で温まる。
普段からあまり好意を口に出したりしないリョーマくんの気持ちがダイレクトに伝わってくるキスに、胸がつまる。
(こんな所で大胆なことなんてしたがらないのに、落ち込んでいるオレの為に……)
きっと当たっているに違いない想像。そう考えるだけで、信じられない程の優越感と幸福感におそわれる。
もうさっきの事なんて、途端にどうでもよくなってしまった。
キスをしやすいように身を屈めると、少しだけ背伸びをしたリョーマくんに顔を両手で引き寄せられて、またキスをされた。
何度もキスをされて、オレもお返しに同じだけリョーマくんにキスをした。

この酩酊感は、きっとキスの所為だ。幸せなキスの余韻に、言葉に出さずに静かに浸る。
最上階にはバーとレストランがあってお客以外は中に入れないようになっていたが、お店とは別にほんの僅かだけロビー状になっている空間があった。肝心の夜 景が見渡せる部分は少ししかないけど、大きな一面ガラスになっていて外が見渡せるようになっていた。辺りを見渡していて先にその場所に気づいたリョーマ が、こっちこっちと足取りが遅い千石を手で呼びよせた。

「約束守ってくれてありがとう。三年越しの誕生日プレゼントだったね」
リョーマのすぐ隣にぴったりと隙間なく座る。すぐ側にいて触れ合える関係がいまでも続いているのが嬉しくて、お礼を言った。
「ねえ、なんであの約束って三年後だったの?」
あの時、聞いていなかった理由を今になって、改めて問いかける。
「えーと……それは、まだ秘密。リョーマくんの誕生日になったら教えてあげる」
自分だけがまだそれを知っているので、疑問を顔に浮かべているリョーマに、ニッと笑う。
「もったいぶらないで、いま教えてよ」
ケチと言って、千石に肘鉄を容赦なく食らわせる。打たれた痛みを中和するように、何度か腹を擦る。
それじゃ意味がなくなっちゃうんだと、リョーマの顔を見て、ふわっと笑った。
その柔らかくて大人びた千石の笑顔に、これ以上追求することが出来なくなった。
中学の頃の千石だったらここで悲鳴をあげながら白状していたのに、高校に入ってからしぶとくなってきた。段々と年を取るにつれて、千石に反則技が続々と増 えて来ている気がする。
(こういう顔されると、俺は何も言えなくなっちゃうのに……)
以前より精悍になった横顔をそのまま黙って、見つめた。
「そうそう、リョーマくんの誕生日は、オレが予約したからね。予約のキャンセルとか絶対効かないし、毎日確認するから!」
「……そんなの前から予約済だから、意味ないと思うけど」
そう言い切った後、閉まりそうなエレベーターのドアの中に、リョーマはギリギリで飛び乗る。
「……え?」
言われた言葉を、頭の中で噛み砕くのに時間がかかる。
(ちょっと、なにこの状態?リョーマくんにオレってば、ずーっとやられっ放しじゃん)
この状態から抜け出す気など毛頭ないが、今日は特別に誕生日だからって甘やかされているのかもしれない。
「……って、えぇー!?なんで、先に行っちゃうの!」
ようやく追いていかれた事に気づいた千石が、下へ行くボタンを連打したがもう扉が開くことはなかった。

地上に降りると、まだリョーマはロビーで待っていた。その姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「今度こそ、見れた?」
さっきの事は何もなかったような平静な顔で、夜景見れた?とリョーマが言った。
「……あー、うん。まあね……」
リョーマが帰ってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしていた千石に、夜景を眺めている余裕なんてやっぱりなかった。






どちらも自分の方が相手を好きだと思っていたりする擦れ違い両思い的な二人。
三年前と三年後のW誕生日で、流れる雰囲気は基本的に甘いですね。
学プリをやるまで清純のオレンジの髪が地毛だと気づかなかったので、ここでは染めたという設定です。
清純が何を考えているのかは、続編の97:アクセサリーで明らかになります!

05.11.25 up→06.04.30 改稿 up

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