49.certainly


 冷たい手を少しでもあっためようとして口元に手を近づけて、息を吹きかける。外気の寒さで、ほんの一瞬の満足で終わった。
 メールが届いていないかカバンに入れっぱなしだった携帯をチェックがてら、男が出てくるはずの校門に目をやると女の子の集団に取り囲まれている。
 一体、どんな悪さをしたんだか……。普段の素行の悪さから速攻で男を疑ったが、どうやら今回は違うらしい。
 手にはそれぞれラッピングされた箱やら袋を持っていて、バレンタインデーの日をリョーマに思わせた。 その賑やかな光景を眺めたまま、念の為に携帯で日付を確認して見るが11月25日の表示のままで、まだそんなイベントがある日ではない事は確かだった。
 持っている紙袋から色とりどりのラッピングにくるまれたプレゼントを溢れそうにさせながら、リョーマの姿に気づいた千石が駆け寄ってくる。
「結構、アンタってもてるんだ……」
 それを見て脳裏に浮かんだことを、ぽつっと呟く。
 青学でも三年の先輩達は、そういうプレゼント合戦によくあっている。隣を歩く男をさっと改めて観察す る。
 明るい髪色、親しみやすそうな笑顔を常に浮かべている顔、軽妙に動く口──こういうタイプが近寄りやすくて、もてるのかもしれない。 とても綺麗につけている仮面だから、生半可な者では気付かないだろうし。
「おや〜、それって、嫉妬?」
 わざとらしいぐらいに右眉を上にあげて、やけに嬉しそうな笑顔の千石。そういう顔をすると、余計に胡散臭さを誘う。からかわられるのは嫌いなので、特に 突っかかりも引っかかりもしない。
「別に……。俺は、後が面倒だから、そういうのもらわないだけだし」
 リョーマはなにかを思い返すように、目線を上にあげる。
「まあ、勝手に下駄箱とかロッカーに入っているものに関しては知らないけど。そういうトコに入れる感覚、よくワカンナイよね」
 ぽつりぽつりとエピソードを語りながらも、勝手に繋がれている手の方がリョーマには気になっていた。 手袋も持ってきていないし、取りあえずはあったかいからいいことにしておくけど。
(この自然さは、そういうことに慣れてるから……とか?)
 こっちの方が、たくさんもらっていたプレゼントよりも、リョーマには気になる。
「ふふっ。男としての嫉妬とかじゃなくって、オレの恋人としてだよ。女の子にもらってんだよ〜?」
 首を傾げて、瞳の中に映るなにかを探すように覗き込む。
「──だから?」
「だからって言われると、困っちゃうけど……」
 何も気にしてなさそうなのが面白いのか、千石はくしゃっと顔を崩す。
「あーあ、つまんないの。嫉妬されたら萎えるかもしれないけど、ちょっと体験してみたかったのにー」
 千石の不埒な呟きを聞き咎め、相変わらず身勝手なヤツとリョーマはその思いを再確認した。
「で、どうしたの。それ?」
「ああ、オレの誕生日だからじゃない」
「そう」
 さらりと答える千石につられて流しそうになって、その意味に気づいて驚いて声を詰まらせる。リョーマは下向き加減な千石の表情をよくみようとして、詰め 寄る。
「──って、アンタ誕生日なの!? 今日?」
「うん、イチオウ。そういう日かもネ」
「…………なんで、俺に言わなかったの?」
 それを理由にいいように甘えてきそうだから、リョーマの知っている千石なら絶対言ってきそうなのにという疑問がすぐに浮かぶ。
 今まで知ろうとしなかったリョーマがいけないのか もしれないけど、なにか特別なことが出来るって訳でもないけど知っておきたかった。
「別にー、とりたてて理由なんてないよ。そんなの言っても、しょうがないじゃん」
 質問に答えるのさえわずらわしいとばかりに軽く頭を振って、千石がリョーマを急かす。
「ねえ、早く家に行かない?」
「……いいけど。ケーキ買ってこうよ」
 目の端にケーキ屋を見つけて、繋いでいる手をお店の方向に向けて訴える。
「甘いもの好きじゃないから、いいって」
 気を使っていると思われたのかそのまま無視されて千石の家がある方向に足を向けさせられるが、ぴたっと止まったままリョーマはその場を動こうとしない。
「単に、俺が食べたいだけ」
 なんの気持も入る余白もなくキッパリと言いきると、千石は間が抜けたようなきょとんと拍子抜けしたような顔になった。
 結局リョーマの気迫に押されたのか、ガラス戸を押し開けてケーキ屋に入った。



 ***

 エアコンをつけてから大分たったのに、まだ肌寒く感じる。
 部屋に帰ってきて二人っきりな状況の中で能天気な明るさをわざとらしく見せつけている男に、いい加減腹がたってきた。
 ソファーに座っている男に身体をぶつけるようにして、その隣に乱暴に座る。
 僅かに眉をあげて、考えがつかないと言ったとぼけた顔を向けられる。
(──誰の前だと、思ってんだよ)
 言わないから、わからない。なら、こっちから聞いてやるしかない。 そのクセして、聞かれるのも嫌とばかりにすっとぼけちゃってさ。ほんとに、素直じゃないんだから。
 自分にも丸ごと当てはまる似た者同士だと言うことを、リョーマは全く考えに入れていなかった。
「言いもしないことをツーカーでわかれっていっても、無理だろ。俺は、アンタの口から聞いたこと以外わからない」
 ようやくリョーマと目を合わせたので、ここぞとばかりにたたみ掛ける。このタイミングを逃してはならない。
「だから、教えてよ。俺は、アンタのこと、もっと知りたい。それぐらいには、アンタのこと好きだって思ってる」
 骨ばった冷たい手を答えを促すように握って、じっと千石が話し出すのを待つ。 千石を凝視したままじっと黙っているリョーマに根負けしたのか、苦笑いを浮かべて独白のようにようやく語りだす。
「誕生日ってさ……。あんまりっていうか、一つも楽しかった記憶ないんだ」
「そう」
 子供にとってみれば、誕生日は単純に誕生日プレゼントをもらえる日だから嬉しくて楽しい日なはずだ。
(そんなものとも、全く縁がなかったって言うこと?)
 こういうことを千石が話すことは滅多にないので、話をとぎらせないように相槌を打つ。
「俺は……、アンタがいてくれて嬉しいけど」
「ま、リョーマくんがそう思ってくれるなら、少しはいいことがあったのかなぁ……」
 ぼんやりとした声。投げやりで、そんなことすらどうでもよさそうに聞こえた。
「なんだよ、少しって」
 言い慣れないことを言ったのに、薄い反応をする千石に不満を持った。
「正直に純粋に思ったことを、ただ言っただけ」
 怒りも笑いもせず、淡々とした口調で話す。
「言ったっけ? オレって、生まれてきちゃいけなかった子なんだよね。正確にいえば、生まれるはずがなかったっていうか……」
「……どういうこと?」
 嫌な感じに胸がざわついて、リョーマは眉を顰める。
「世間に転がってて消費つくされたようなよくある話なんだけど、母親が浮気して出来ちゃった子なんだよ。子供出来ても堕ろさなかったのは、俺がたまたま男 だってわかったからだし。イチオウ、それなりな家らしいから、跡継ぎが欲しかったみたいなんだよね」
 自分の境遇だというのに、他人事のようにあっけらかんとした様子で続ける。感情を殺したような淡々とした語りが、聞いているリョーマの胸を殊更痛くす る。
「──で、実際産まれたオレは、父親にあまりにも似てない。 そりゃ〜、当前でしょ」
 浮気した男の血が多く出ちゃったみたいでさーとオーバーに言いながら、わざとらしく大きく手を広げる。
「とっくに崩壊しかけてた家族の最後の引き金を引いたのが、俺の存在ってわけ。こんな子が祝福されるわけないでしょ」
 聞いているだけでムカつく話だったので、リョーマは無意識に爪を噛みしめていた。そのことに気づいて、余計にムカついた。
 この男ならそんなことさえ消化して、自分 だけは面白おかしく生きる。そんな男なはずなのに……。
 それだけ、千石がはじまりを引きずっているってことだ。
「そんなの、アンタに関係ないだろ! いま、俺の前にいるってことが、アンタの全てで──」
 焦燥感に捉われるままに、浮かんできた思いと言葉をそのまま絞り出す。
「キヨスミがこの世界に生まれたことが、ラッキーじゃん。こうやって運よく生まれてこれたんだから、そのことを祝ったっていいだろ」
「ラッキーって……」
 半笑いな表情を浮かべて、言葉に詰まったのかそのまま微妙な顔のまま固まる。
 普段、本人がよく使っているからピンと来るかと思ったのに、ちょっと外したみたいだ。外したリョー マの方がアンラッキーをつかまされた感じがして、ラッキーが口癖の男を逆恨みで睨みつける。
「じゃあ、アンタは単純に喜べないのかもしれないけど、俺にだけ祝わせて。これからも、ずっと。俺が、覚えてるから」
「…………はは……、あはははっ」
 身体を震わせて、大きな声で千石が笑う。
「なに笑ってんだよっ! 別に……、変なこと言ってない……だろ」
 確かに、ちょっと女々しいことを言ったような気がするから、いつもよりリョーマの語調は少し弱い。
「メンゴメンゴ。ちょーっと深刻そうに言ったら、信じるかなって。 実際は、ただの中流階級のフツウの男の子で、息子に関心がないってだけ。あんな話、ドラマの中にしかないって」
 本気にして真剣にとらえた自分が馬鹿みたいでムッとしたけど、根底のところはウソではない気がしていた。どこかに真実は、混ざっていたんだと思う。
 素直になればいいのに。それが簡単に出来ないから、素直じゃないんだろうけど。ガードを少し緩めただけでも、いいことにする。 これが次のきっかけになるかもしれないし。
 軽い仕返しとして、千石の両方のほっぺの肉をむぎゅーっとひっぱってつねっておく。
 大げさに痛がる千石に、舌を出して挑発する。怒っていることにして、ごちゃごちゃしている感情をごまかすことにした。
「リョーマくんのこと、好きになってよかった──これは、ホント」
 眼を細めて、つられて微笑みたくなるような愛嬌のある笑顔を見せる。
 ようやくいつもの本調子を取り戻した千石にほっとしながら、気恥かしさが残っていたのでいつもの調子を取り戻そうとする。
「俺にぐらい甘えろよな。たまになら、可愛がってあげてもいーよ。ま、弟にしてはちょっとデカイけど」
 図体がでかい割に甘えたがりで、甘え上手にみえて根底では甘え下手。 そういう不器用なトコが放っておけないっていうか、憎めないのかもしれない。 本心を明かしてくれたようで、それだけ心を開いてくれたのが嬉しいと純粋に思う。
「俺の為に買った俺が食べたいケーキだけど、アンタも食べる?」
 一人で食べるには少し大き目の丸いチョコケーキに、フォークで切れ目を入れる。
 千石はいらないとか言ってたけど誕生日にはケーキがつきものだし、甘いと幸せはイコールな位近いところにあるとリョーマは思っている。 実際、甘いものを食べると幸せになれるし、だから誕生日にはケーキが出るんじゃないかな。単純な発想かもしれないけど、リョーマはそう信じている。
(ホントのホントに自分が食べたかったのが9割で、キヨスミの為って言うのはたったの1割だけ)
 誰に言い訳するとも知れずそんなことを思いながら、向かいにいる千石を窺う。 全く気がなさそうに、リョーマが食べるケーキを見ている。
 こんなに美味しそうなのに惹かれないなんて、もったいない。フォークについた濃厚なこってりめの チョコクリームまでしっかりと舌で舐めとる。それを見た千石の目がようやく輝く。
「リョーマくんがあ〜んってしてくれたら、食べてもいいよ」
「そこまでして食べてくれなくてもいいけど」
 男の顔とケーキをとを試すがえす見比べて、考える。せっかく買ったわけだし、今日は千石の誕生日。部屋には、二人しかいない。
 ざっくりとフォークで大きめに切り取ったケーキを、無造作に差し出す。
「ほらっ」
 早く食えとばかりに、フォークを揺らす。
「ちょっと遠いかな〜って」
「アンタが顔近付ければ、近くなるでしょ」
 あの光景にはちょっと抵抗があったので、これはリョーマなりの譲歩のつもりだった。
「わかったよ。オレが顔を近づけます」
 口を大きく開けてケーキを頬張って、そのままリョーマに接近する。
「……っ! んふっ……んー!」
 微かに開けていた口にそのまま唇を重ねられて、千石の口の中に入っているチョコケーキを無理矢理味あわされる。 チョコクリームをまとった舌で、頬をくすぐられる。ざらっとしているようなぬるっとした妙な感触に驚く。
 そんなことを全く予想していなかったリョーマは喉にケーキの欠片をつまらせそうになって、声にならない非難の目を男に向ける。
 ごくりと大きな音を立ててケーキの欠片を飲み込んで、ようやく息を吐く。
「──なにを!」
「ケーキすごく美味しかったね♪」
 心底嬉しそうな笑顔に怒ることを忘れて、その笑顔を瞬きしながらもじーっと見つめてしまう。
「ああ、そ。……よかったね」
 今日は誕生日。今日は誕生日。呪文のように、ひたすら口の中でその文句を繰り返した。残りのケーキを大きな口を開けて、あまり味わうこともせず次々と放 り込んだ。


「折角だから、今日はリョーマくんに甘えちゃおうかなぁ。というわけで、俺の膝の上に向かいあわせで座って」
 膝をぽんぽんと叩いて、ここここと笑顔で催促される。
 ケーキを食べ終えてまったりしていた所に、不意打ちで言われて虚をつかれた。
「え?」
(膝の上って……)
 戸惑って動けずにいるリョーマを促すように、「ダメかな?」と子供のような無垢な瞳でオネダリされる。
 ううっと、更に言葉に詰まる。リョーマ は、動物と子供はに弱い、あと女性にも。弱点を突かれた感じがいなめない。
 実際に、リョーマがこう言ったオネダリに弱いとわかって千石はやっているのだが、リョーマは知らない。
「……いいけど」
 仕方がないので、言われた通りに身体をまたいで座り込む。安定が悪いので、千石の背中に手を伸ばす。 そうすると、千石にぎゅっともっと深く抱き締められて首を埋められる。
「────ずっと、このまま…………い……て」
 掠れて小さな声。恋人であるリョーマさえも気分しだいで騙す男からとは思えないお願いに、耳を疑う。
 滅多に聞けない可愛らしい程にささやかなお願いが、リョーマの身体を熱くする。
 そんなことぐらい、頼まれなくてもしてあげるのに。千石への愛しさが込みあげた。
 啄ばむように、顔にキスをされる。肌に触れる髪の毛と唇がくすぐったいのと恥ずかしいのとで、顔を背ける。
 さりげなく、でもしっかりと向きをまっすぐに直される。
「こっち向いて」
 真剣な声でそう言ったかと思いきや、すりすりと頭を胸に擦りつけられる。大きな子供に甘えられているみたいだ。  そんなことを思っている内に着ているシャツを上にたくし上げられ、直接素肌に触れられていた。
 胸の周りを飴でも舐めるように熱い舌でぺろぺろと舐められて、時折赤ちゃんが乳を飲んでいるようにちゅうちゅうと肌を吸われる。
「おいちいでちゅ」
 舌足らずな無邪気な口調でアホなことを言いながら、無心に千石は吸い続ける。
「バーカ」
 くすぐったいんだぞ、こっちは。やれやれと思いながら、リョーマはリョーマでくしゃくしゃと千石の髪を手で弄ぶ。
「──んっ……ふっ……」
(赤ちゃん返りというより、これ……。ちょっと、違うんじゃ?)
 そんな鈍いことをようやく思った頃には、リョーマの口からは時折濡れた吐息が零れ出す。
 ちゅぱちゅぱ。無心にしゃぶり続ける音が二人っきりで静かな部屋に響く。
 赤ちゃんじゃなくて千石なんだから、ただ吸っているのとはやはり違う。熱を持って尖っていく頂きを抉るように舌を使われて、覚えのある熱が腰に重くた まっていく。このままだと、やばい。
「……ふざけるの、もうやめろよ」
 両手で顔を挟んで、胸から離そうと試みる。
「いやでちゅよーだ」
 相変わらず、千石からまともな返答は返ってこない。
 濡れて凝った乳首の先端を、ちゅーっと音がするほど強く吸う。いままでの生温い行為とは比べものにな らない鮮烈なツボをついた刺激に、甘い声を出しそうになるのを抑えて堪えるように身をのけ反らせた。
 味見をするように交互に口をつけては、舌で乳首を転がすように愛撫される。もがく身体の抵抗が利用されて、ソファーに寝かされる。器用 にズボンのベルトを緩められて、下着ごと下に手早くおろされていく。
 唐突な展開にリョーマが我に返るより先に、上を向いた先端の穴がぱくぱくと開きかけている先走りで濡れたペニスを口に頬張られる。
 千石は両頬を窄めて搾り取るように、喉の奥に迎え入れる。とろとろと溢れる樹液をすするように舐めながら、周りも忘れずに丹念に舌を這わせる。
 ぺちゃくちゃと部屋に響く音が恥ずかしい。感じてきたので動くに動けなくて、千石の身体の下でびくびくと細かく悶えてしまう。
 リョーマの感じように、千石が喉の奥で笑う。
 咥えたままなので震える声も刺激となって、リョーマの息はすっかり絶え絶えだ。
「やっ。ヤバいから、も、はなせっ!」
 全くリョーマの言う事を聞かないまま、楽しそうに顔を揺らしながら千石は無心で舐めしゃぶる。
 腰を引こうとするとその動きにあわせて、上下に強く口の中で扱かれる。これじゃ益々、動くに動けない。
 どろっと濃い液体が溢れるようになった性器から終わりが近いことからもわかり、千石がニッコリと微笑んで最終通告をする。
「おいちいミルクがのみたいでちゅ」
 強く上下にしごいた後で吸い取るように唇で先端を強く吸うと、溢れるように精を吐きだす。
 一気に押し寄せた刺激の強さに、呼吸を荒げずにはいられない。
「んっ……ん……ま、まって」
 イったばかりで過敏なものを尚も探るように尖らせた舌で溢れだす蜜を探られては、たまらない。 力が入らない足をばたつかせて、抗議する。
「こくてすごくおいちかったでしゅ」
 ハートマークが飛びそうな笑顔でそんな感想を述べるものだから、
「そのフザケタしゃべり方、いい加減やめろよ」
 多めに見ていたが、さすがにもう恥ずかしい。
「──甘えさせてくれるって、言ったよね。あれは、ウソなの?」
 真顔だ。興奮しているのが嘘みたいな冷たい目。どこまで自分を受け入れるのかどうかを、試されている気がする。
「ウソって……。別に、そういうんじゃ……」
 いつもより分が悪い感じで、口ごもる。だって、そもそも別問題じゃん。
「じゃ、今日はヤダって言うの禁止ね」
 ニィっと唇を意地悪そうにつりあげて、リョーマを見下ろして千石が笑う。
「なんで! や、っく!」
 乳首を指できゅっと乱暴に摘まれて、声をあげる。
「ダメって言ったでしょ?」
 ムカツク。言葉に出せないので、目だけで抗議する。
 千石は鼻で笑うようにして、ささやかなリョーマの抗議などどこ吹く風のようだった。
 身体が半分に折り曲げられて、体重をかけられて足を大きく開かされる。赤ちゃんのおしめを代える時のような格好。 明るい部屋の中で、千石には全てが丸見えだ。千石の唾液で濡れている乳首も、蜜を零したばかりなのに屹立がおさまらない性器も、その奥まで全部。
 千石はまだ服を着ているのにリョーマだけが乱されている状況は、居心地が悪かった。
「……キレイなままだよね」
 千石の欲情混じりの上ずった熱い声。まじまじと見ている場所がどこであるかに気づいて、顔から火が出そうになった。 見られているだけなのに、じわりと感じてしまう。身体がかっと熱くなり、ダイレクトに反応に現われる。 触られていない先端からじゅわっと液が溢れて、下肢へと流れるように伝う。
(そんなとこ、じろじろ見んなよっ)
 濡らした手でくちくちと入り口を弄られて、ぐちゅりとぬめる音を立てながら千石の指が入ってくる。
 たったそれだけで感じてしまっているのを悟られるのがしゃくで、唇をかみ締める。
 冷たくてごつごつした指に中の襞をこすられて、体感温度の違いに驚くと同時に敏感に反応してしまう。
 押し殺せなかった甘くて熱い声がリョーマの唇から漏れる。
「すごい。いま、ぴくって動いたよ。きゅって、キツクしめつけてくる」
(だから、言うなって)
 そんなの、指挿れられたんだから、しょうがないだろ。身体の自然な反応だと思う。
 せめて、この体勢だけでも変えようとしても、千石と力が違うのか全然動けなかった。
「誕生日ってさ……、いい日だね」
 無邪気な口調でそんなことを言うものだから、恥ずかしい思いはいまだに残るんだけど抵抗を諦めることにした。
 千石の頭を引き寄せて、誕生日おめでとうの意味をこめて祝福のキスを贈る。リョーマがしかけたものより濃厚になっていくキスに思考を奪われながら、合間に呼吸をする。
 あんなに嬉しそうな顔するなら、ちょっとぐらいのアレは我慢してもいいかもしれない。あくまで、ちょっとぐらいだけど。 



 *

「……じゃあ、俺、そろそろ帰るね」
 コートに腕を通しながら、背後に気配を感じたので千石がいる方へ振り返る。
「──なに?」
「え? 別に、なんでもないけど。バイバーイ」
 何か物言いたげなそぶりを感じたので、ゆっくりめにスニーカーに足を入れる。
 ドアノブに手をかけて、ちらっとさりげなく後ろを窺う。千石の姿は、既に玄関からなかった。
 バタンと大きな音がするぐらい乱暴に、ドアを閉めた。
「……言えばいいのに。…………ま、俺もだけどさ」
 吐息のように、軽く息を吐き出した。



 ようやく開いたドアの前で、にこっと白い歯を見せて微笑む。出て行かれないように、開きかけのドアの端をしっかりとつかんで立ちふさがる。
 帰ったはずのリョーマがいるだなんて全く予想していなかったのか、珍しく千石が泡を食ったような驚いた顔をしている。
 こんな顔が見られただけでも、待っていてよかったかもしれない。
 このチャンスに千石をからかおうとしたが、手に無造作にコートを抱えているだけで着るものも着ずに急いでいたみたいだから、 すぐにその考えを捨てた。
 心の雪解けも、もしかすると近いのかもしれない。リョーマの希望的観測に過ぎないけど、そうなるといいと思わせた。
「遅いよ」
 外に立っていた所為で冷たくなった手を千石の首筋にぴたっと押しつけて、そのまま首にすがるように抱きついた。 この場合、抱きしめるの方が正しいかもしれない。
「リョーマくんって……結構意地悪だね。見損なった──いや、見直したな」
「根性悪のどっかの誰かさんに、似てきたんだろ。それが嫌なら、素直に引きとめとけよ」
 底意地が悪いのは千石の方だし、あんまり見直すこともない。よくよく考えると、見損なう方が多いんじゃ?
 そんな千石に言われるだなんて、心外だ。口では冷たく言うけど、なんだかんだで千石には甘い。
 恋人であるリョーマにしか見せない態度、向けられる愛情が確かにあって、千石を知ったからいまみたいに理解も出来る。
 抱きあえば、単純に温かい。触れあうだけで冷たかった身体は温かくなって、自然と頬が緩んでくる。
「ねえ……、どうしたい?」
「聞かなくてもわかってるんじゃない?」
「────言えよ」
 誤魔化しを許さず、強い目で千石を促す。
 千石は皮肉さの欠片もなく参ったと言う風に笑って、リョーマの足をさらって抱きあげる。
 リョーマの耳の中だけに押し込むように口を近づけて、いまの気持ちを伝えた。
「アンタも、今日で一つお利口になったね」
 言い終えてすぐにさっとキスを奪って、冷たい唇にも温もりを補給した。






確かなものは、これだけ。そんな英単語らしいので、ストレートに愛にしてみました。
素直に甘えられる存在=赤ちゃんという発想から、あんなことに(笑)
08年千石誕生日話を、クロスミで。誕生日は、やっぱりラブラブみたいです。
同じ設定で、08年リョマ誕生日話の「47.クリスマス」は、NEXTよりどうぞ。

08.11.25 up

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