トライアングルライフ 1

 ファミリーレストラン。賑やかなお昼時を過ぎて、客足が途絶えてまったりとした午後。
 跡部は苦虫を噛み潰したような顔で、薄いコーヒーを飲んでいた。
 生徒会長の業務と跡部が部長として君臨するテニス部の新入部員が入ってのごたごたがようやく片づけ終わった。 恋人と久々にゆっくりとした時間を取れる と胸弾む気分で待ち合わせした店に行けば、訳のわからない男と二 人連れで、跡部に何の説明もせずに五月限定の特集だという苺パフェを恋人はせっせと攻略していた。
 さっきから空気も読めずに、にこやかな笑顔を浮かべている男にガンを飛ばす。忍耐力があると自負する跡部でも、いい加減キレるというものだ。
「──コイツは、なんだ?」
 怒りを押し殺した低い声で、顎をしゃくって目の前の男を指す。
「あー、オレ? 山吹中三年の千石清純。前にも、ジュニア選抜で会ったことあるよね?」
 リョーマではなくて、オレンジ頭の男がぺらぺらと喋りだす。よく表情の変わる顔がくるくると動いた。
「それで、いまー、リョーマくんとつきあってマ〜ス」
 隣に座っているリョーマに、横からべったりと抱きつく。跡部の眉がひくりと上にあがった。
 拘束がきついので千石の腕を右手で引き剥がしながら、 リョーマはようやくスプーンを置いた。全部食べ終えたらしい。
「だって、しょうがないじゃん」
 ようやく発せられた言葉がそれで、口の周りについている生クリームを指摘する前に、テーブルに拳を叩きつけた。パフェグラスの中にあるスプーンがちりち りと音を立てて揺れた。
「ああ? だってもくそもあるか。おまえ、俺とつきあってんだろうが!」
 越前家がアメリカに在住していた頃からつきあいがあり、家族ぐるみの交際でつきあっていた。日本に帰国したリョーマと自然と恋人としての関係がスタート していたというのに、 ほんの2ヶ月くらいバタバタしていた所為で別の恋人が出来たなんて冗談ではなかった。
「そうなんだけど。……ダメ?」
 上目遣いで、ちらっと跡部の機嫌を窺うリョーマ。いくら可愛かろうが、そんな簡単に譲れる問題でもない。
「犬をもう一匹飼うって話じゃねえんだぞ。ダメに決まってんだろ」
「失礼だなぁ。跡部くんじゃなくて、オレの方を選んだかもしれないじゃない?」
 跡部のあんまりな言いように苦笑しながら、千石が絡む。
「それだけは、ねえ」
 何を言いやがるやらと、跡部は歯牙にもかけない。
「うわ〜っ、すごい自信」
 感嘆ともバカにするとも取れない声をあげて、千石はリョーマに顔を近づける。
「ねぇ。リョーマくん、どうなの?」
「どうって言われても。俺も、悩んでんだよね。──だから、二人が納得してくれない場合、俺のけじめとして両方共別れようと思って」
 二人の顔を見つめてちょっと言いよどんだあと、足をぶらぶらさせながらさらっと爆弾発言をする。
「それは、ダメだよ」
「なんで、俺が巻き込まれなくちゃなんねえんだよ!」
 跡部が興奮して立ちあがった所為で、コップの水がテーブルに零れた。

「俺、ちょっと、トイレ行ってくる」
 椅子からぴょこっと下りて、返事も聞かずに店内にあるトイレの方へとリョーマは向かっていく。
(この状況で、普通行くかよ)
 思いも寄らない人物と二人っきりにされて、げんなりしながら男の顔を見た。千石が余裕の笑みを崩さないので、余計にムスッとした顔になる。
「そんなに気に入らないなら、キミがやめればー? 跡部くんもてるんだから、リョーマくんじゃなくてもイイでしょ。俺に、リョーマくんちょーだい」
 さっきまで一応浮かべていた上っ面の笑みを消して、軽い言葉とは裏腹な鋭い視線を向けられる。
(猫まで被ってやがったのか。尚、タチが悪い。ったく、変なモンに引っ掛かりやがって)
 胸の内で、跡部は深々と嘆息する。
「リョーマくんって懐かれるのに弱いのか俺の事だって恋人にしてくれたし、時間さえあればいつか俺だけを選ばせる自信もあるよ」
 千石は跡部の顔を見ながら、不敵に微笑む。
「後からきて、邪魔だ。今の内に、身を引け。アイツは、昔から動物でもなんでも拾ってくるだけ拾っておいて、自分では世話なんかしねえんだよ」
「……まあ、俺だってこういうの嫌だけどさ。まだ情だって残ってるだろうし、ちょっとの間くらいはしょうがな いかな〜って思ってる」
「あーん? テメェ、誰に物言ってると思ってんだ。血迷った世迷いごとを聞かすんじゃねえよ」
 一歩も引かない熾烈な睨み合いが始まる。
「お待たせ」
 緊迫する二人の顔を代わる代わる見比べて、
「なんだ、よかった。二人共、気が合うみたいで」
そうだよね。二人共、趣味一緒だもんね。どうりで、気が合うはずだよ。
 安心したとでも言わんばかりの笑顔を浮かべるリョーマ。
(ラケットさえありさえすれば誰とでも交流できるって言うおめでたい考えをしてんのは、おまえだけだ!)
 リョーマの胸をつかんで言いたかった言葉を、公共の場なので抑える。
「どの面下げて、そんなことが言えんだよ」
「そうそう。結構、気が合うんだよ。ねぇ、跡部くん」
 リョーマがやって来るなり物騒な雰囲気をかき消した千石を見て、跡部は更に厄介なことになりそうな予感を感じていた。
「てめぇなんか、知るか」
行くぞ、リョーマ。
 リョーマの腕を強引に引っ張るが、中々その身体が動かない。後ろに目をやると、お別れの抱擁なんて言って、バカなことをしていた。無理 矢理身体を引き剥がして、テーブルの上に適当に札をばら撒いた。
「リョーマくん、またね〜」
 手を振る千石に、リョーマがおざなりにだが振り返しているのを見た時、跡部は一番不快な気分になった。



***

 千石の前から連れ去るようにして、跡部の家にやって来た。ホームグラウンドと言うべき場所で、跡部の気分もようやく平静を取り戻してきた。
「なぁ、さっきのって、お前が仕組んだ手の込んだタチの悪い嘘だろ。そんなことで、俺を驚かせんじゃねえよ」
俺にかまってもらえないから気を引こうとするなんて、おまえにしちゃ可愛いことすんじゃねえか。
 自分でも納得する考えが浮かんで跡部はようやく安心して、ククッと笑みを洩らした。
 ソファーで寝転んで足を交互にばたつかせながら、雑誌をくつろいで読んでいるリョーマの元に近づいた。
「は? さっきの全部ホントだけど」
 現実逃避すら認めてくれないらしい。無言でリョーマの身体を抱きあげて、ベットの上に投げ落とした。広いベッドの上で小柄な身体が跳ねる。もがくリョー マに圧し掛かった。
「俺だけじゃ、不満なのかよ? おまえには、俺がいればいいだろ。忙しくてかまえなかったのは悪かったけどよ、あんなことになるんなら無理してでもおまえ と会う時間くらい作る」
「別に…。ケイゴに不満があるわけじゃないよ。忙しいのは、わかってるし」
「じゃあ、なんでだよ」
「……俺にも、よくわかンない」
「わかんないって、なんだよ。おまえの気持ちだろうが!」
 噛み付くように叫ぶ跡部。あまりの喧しさに、リョーマは眉を顰める。
「ケイゴ、ウルサイ。しょうがないでショ。俺、まだ小さいんだから」
 フイっと、リョーマは跡部から顔を背ける。
「こういう時だけ、逃げんじゃねえ」
 ガキ扱いされるのを嫌がる癖に、たまに都合が悪くなるとすぐにこうやって逃げるのだ。
「──まさかとは思うが、アイツとヤってねえだろうな」
 リョーマを大事にしたいと思っている跡部は、まだ最後まで手を出していなかった。普段を知っている仲間に知られればからかわられることは確実だったが、 そんなことをべらべらと話す趣味は跡部にはないので今のところ秘密は保たれている。
「なんのこと?」
 本当の意味を跡部に耳打ちされたリョーマは、真っ赤な顔で首を振る。
「バッカじゃないの! そんなもんあるわけないだろ!」
 乱暴に跡部を自分の上からどかして、ベッドから起きあがる。
「つきあうってことは、そういうことも入ってんだよ。わかったんなら、今の内にさっさと別れるんだな」
 まだ他の男に染められてないことがその鈍い反応から解った。意味を理解してないからこそ、あんなバカなことを言ってきたんだと心底安堵した。乱れた髪を かき あげながら、リョーマに忠告する。
「……ケイゴと?」
 ふざけたことを言い出すリョーマに脱力する。
「バカか。千石の方に決まってんだろ。俺は忍耐力のある男だが、アイツに少しでも隙を見せればお前なんかすぐに食べられちまうぜ」
「そうかな」
 リョーマは、首を傾げる。
「そうなんだよ。わかったら、いますぐ別れろ」
ああ、俺が代わりに言っといてやる。おまえは、二度と奴の側に近づくんじゃねえ。
 すっかり気が楽になった跡部は、もう問題を解決したような気分になった。
「そんなこと思ってんのケイゴだけだよ」
俺、帰る。
 ひょいひょいと自分の持って来た荷物を背負って、リョーマはあっさりと部屋を出て行く。
「おい、ちょっと、待てよ!」
 リョーマからの返事はなくバタンとドアが閉まる音だけが返ってきた。
2ヶ月振りに会えたって言うのに、この仕打ちはなんだってんだ。
 手に触れた羽毛の枕を腹立ち紛れに、壁に投げつけた。
それもこれも、あのオレンジ男の所為だ。以前から心良く思っていなかった千石への敵意を、跡部は益々募らせた。


 こうして、トライアングルライフは始まりを迎えた。






初の跡+千×リョです。常識を持っている者は、逆に損をするの典型の跡部。正に、災難です。
清純は、リョーマ以外の前では黒い子です。
06.06.28 up

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