日が暮れて、夕日の赤々とした輝きが消えようとしていた。冷たさを増した北風が、身体の間をごうっとすり抜けてゆく。
 こうなると辺りもすぐに、薄暗くなって来る。そろそろ明かりを点けないと、すぐに暗闇にのみこまれてしまう。
 簡単な呪文を唱えて、携帯照明に明かりを入れる。柔らかな橙色の光がぽうっと灯って、辺りを明るく照らした。
 本格的に暗くなってからでは、煮炊きをするにも野宿をするにも遅すぎる。 決断を急がなくてはならないのに、力ない目で相方を見あげる。
「ほんとに、上手くいくとか思ってた……?」
 独り言のように小さな声で、ぼそりと呟く。すかすかした足の間を流れる風が、また寒さを誘った。 同じような格好をしている旅の連れは、リョーマとは反対にテンションが下がる所か絶好調のようだ。
「やだなー。リョーマくんが言い出したことだよ。それに、最終的にリョーマくんも賛成したじゃん」
「そう、なんだけど……」
 ちょこっと言いだしただけなのに、清純が常より積極的に協力してきた気がする。いま考えるとだけど。
 清純とお揃いのウサミミハットの長いウサミミが風でなびく姿も、なんだか虚しい。
 いましているこの格好──街の娘のオシャレ着用の少しだけ華美な洋服。 何の用途か不明だがフリルがあちこちについている水色のワンピース、オシャレと歩きやすさも兼ねた白いロングブーツ。 こんなスカスカした格好で、テンションを保てる男がいたらお目にかかりたい。
 そう言えばと……、連れの姿をさっと一瞥する。
 目立った方がいいと言う主張で、赤のワンピースをチョイスした上に、それに似合う皮のブーツを何時間も悩んで選んでいたっけ。
(……そっか。そうだよね)
 一瞬、憂鬱な顔になり、やってられないと言わんばかりに首を左右に気だるそうに振る。ぴこぴことウサミミも遅れて動く。
 何も言わず、お揃いだったウサミミハットを道具袋の奥深くにむぎゅっと乱暴にしまいこんだ。
「暗くなっちゃったしさ、今日はこの辺にして帰る?」
 帰るにしても遅いし、街からは大分離れている。明日のことを考えても、ここで野宿をした方が効率的だった。
「仕方ないから、今日は野宿ね。気が進まないけど、衣装も買っちゃったしさ」
 かけた費用が全部無駄になるのも好ましくないし、もう一日位試してみてからでも遅くはない。他に、策がないわけだし。
 こんな時の為の旅のお供の簡易テントセットを道具袋から取り出して、地面に広げた。


アイラブ 勇者さま 2

  

 街の人が言っていた通りに、北の方に大きな塔が見える。あれがカリオンの塔に間違いない。
 街の中で一番高い塔へ登り、望遠鏡をのぞいて敵のアジトの最終確認をしながら、作戦を練っていた。
 偏屈な魔法使いが作って元の住人が亡くなって以来放置されていた無人の塔に、魔物が棲みついたらしい。
 さらわれた娘達は、塔のテッペンに幽閉されているという噂だ。
 下から侵入して、中にいる魔物に気づかれずに上までたどり着くのは、まず無理だ。 階下で騒いでいる内に、娘達を連れて場所を移動されてしまったら意味がない。ただの無駄足だ。
 かと言って、空を飛ぶ手段もない。
 手っ取り早く連れていってもらうには、どうすればいいか。
 つきつめるように思考を煮詰めていると、肩をとんとんとたたかれる。 作業の邪魔と言って払おうとして、ようやく清純に目をとめる。なにか用があるなら言えよと、遠慮のない視線を流す。
「リョーマくん、こんな時の為に、古来から伝わるヤマタノオロチ作戦があるよ」
 自信満々と言った体で、誇らしげにリョーマに告げる。
「知らない」
「え? 知らない? 有名なのになぁ」
 年代間違えちゃったかなと不思議なことを言いながら、清純は首を捻る。
「──で、どんなの。言うだけ言ってみて」
 藁にすがってみるかと軽い気持ちで、清純に尋ねる。
「わかりやすく言うと、囮作戦ってことデス。──ねえ、女の子は、どこでさらわれてる?」
「どこって……、街の外へ出かけようとしたところだろ」
 周知の事実をなぜ今更と思ったが、それをあえて言うということは考えがあるんだろうと考えなおしてみる。
 お嫁へ行く為に、父親が用立てた幌馬車で街を出た娘。父親も一緒だったが、娘だけがさらわれた。 いままでさらわれたのは、女ばかりだ。
(つまり、囮と言うことは──そういうことか)
 清純にしては、意外といい手段だ。ちょっと見直した。敵の懐まで、これなら容易に入れる。
「それで、行こっか」
「オッケー! オレも、大賛成! これっきゃ、ないよね。そうと決まったら、準備準備っと♪」
 早く早くとリョーマの背を押して、街へ買出しに向かった。



***

 囮作戦二日目。魔物の姿は、影も形も気配すらない。
 待つのが苦手なリョーマは痺れを切らして、旅の連れに愚痴をこぼしていた。
「そこはさー、敵さんにも準備ってものが──」
「なに、それ?」
「なんでもない、んんん、気にしないで」
 えへんごほんと空咳をして、有耶無耶にする。
 さりげなく肘でつついて、上空へとリョーマの目線を移動させる。
 ──あのシルエットは、鳥ではない。大きな魔物の群れだ。いつのまにかこんなに近くに来ていたことを訝しく思いながらも、リョーマは警戒態勢に入る。
「どうやら、お目当てのカレがようやく来たみたいよ」
 伝えるやいなや、実にわざとらしいぐらいの黄色い悲鳴を清純があげる。
「キャー! いや、怖いー! 来ないでぇ──!」
 小声でわざとらしすぎるんじゃないとたしなめながら、リョーマも気乗りしない演技に加わる。
「きゃあ。おねえちゃん」
 棒読みなので、恐怖感が伝わらない。怯えているという設定で、清純にすがりつくように顔を伏せて抱きつく。
「妹には手出しさせないわ!」
 迫りくる魔物から守るように、大きく手を広げる。しがみついた身体が震えていて、芸が細かいなと清純の演技力をリョーマはのん気に評価する。
「おいおい、お嬢ちゃん。大人しくしてた方が身の為だぜ」
 獣臭い息を吐きながら、清純の腕をやすやすと背後にひねりあげる。
 狼を凶暴化させて、二足歩行させるようにした格闘系の魔物──ウルフル。 その背後には、グレーの法衣に身を包んだ魔法が使えるタイプの魔物が油断なく杖を構えている。足はなく、宙に浮いている。 手だけは人間のような形をしているが、両目は全体が黄色でどこをみているのかさえわからない。 明らかに人間ではないのに、人間との微妙な差異が不気味だった。
 杖の石の色が赤いことを確認して、リョーマは安堵の息を吐く。
 ブラックウィザードの弟子だ。魔法を使えるとは言っても、下位クラスの魔法のみだ。 見かけがそっくりな師匠がいるので、弟子と侮って痛い目にあう冒険者は多い。
 青い石の場合は上位魔法が使えるブラックウィザードなので要注意だが、弟子ならなんとかなるレベルだ。
 空から風を起こすのは、フライディース。トカゲに羽根がついたような見かけだが、大きさが桁違いだ。優に、三mはある。
 よく役割分担が出来ているものだ。ウルフルで力を使い、魔法で場を制圧し、フライディースで塔へとさらう。
(さて、とっととさらってもらおうかな)
 この場で倒すのを我慢して、演技過剰な清純の二の腕をさりげなくつねる。
「オトナシクシテイロ」
 杖が振られて、パープルの煙に身体をおおわれる。甘ったるい匂いが、身体にまといつく。
 ──眠りの魔法だ。出来るだけ息を止めて、煙を吸わないようにする。
 頃合を見計らって、魔法にかかった風をよそおって地面に崩れ落ちた。


*

「……そろそろ起きないと、キスしちゃうよ〜。すんごい熱烈なヤツ。いいよね?」
 すうすうとすこやかな寝息を立てて眠っている少年の身体の上に、圧しかかる。獲物を前に舌なめずりをする狼のようだった。
「いいわけないだろっ!」
 近すぎる男の顔を乱暴に手でつっぱってどかして、堅い床から勢いよく起きあがる。
 石造りの壁。天井の近くに一つだけ採光用の窓がある。鉄格子にはめられた部屋。 前に閉じ込められたことのある牢屋を、リョーマに思い出させた。
「アンタ、また犯罪でも犯したの? 俺まで巻き込むなよ」
 言っている内に、意識を失う前のことを思い出した。
 ここは、カリオン塔の内部だ。奴らのアジトに上手く侵入できたわけだ。
「うわっ、なにこれ!」
 右足に鉄枷がはめられていて、その先には推定五kgの鉄球の重りがついていた。
「リョーマくん、よく寝てたよね……」
「眠かったんだから、仕方ないだろ」
 自分ののんきさをとがめられている気がして、抗議にしては声が小さい。
 そんなことを、いの一番に思い出させる清純の日頃の態度が問題だろとは、事態が事態なので言わなかった。
「リョーマくんが気持ちよーく寝ている間に、無事に侵入できました。で、オレがしがみついていたお陰で、二人一緒に閉じ込められてます。 他の女の子達は、まだこの塔にいるみたい」
「すごいくわしいね」
「あー、オレ達が寝ていると思ってべらべら話してたから、それを聞いてただけだよ」
 清純は、ニヤリと笑う。
 寝てた俺への遠まわしなイヤミかよ。ぶつぶつ言いながらも、この情報は使えるので正当な評価をする。
「お陰で、助かるよ。ありがと」
 鉄格子の間に顔をつっこんで、周囲を注意深く探る。見える範囲内で、見張りはいないようだ。おまけに、近くに他の人間の気配はない。 他の場所に捕らわれているようだ。
「というわけで、ヨロシク」
 こんな時の為の清純頼りだ。使えるモノは、なんでも使わないといけない。
 見たところ扉の鍵は簡単な鍵穴のタイプだったから、手先の器用な清純なら簡単に開けられるはずだ。リョーマとて開けられはするが、時間がかかる。 それならば得意なものにやらせた方が、この場合効率的た。
 再度うながすと、清純に手をとられる。
「あ、丁度いいや。囚人プレーでもしてかない? こんなシチュ滅多にないし、貴重だと思うんだ」
 へらりとした軽い笑みを浮かべて、リョーマに顔を近づける。
 右足を振りあげて、鉄球に絡みついている鎖を清純の首に巻きつける。重りが加わって効果的に、清純の首をぎりぎりと締める。 片足で不安定なので清純の肩をつかんで、凄む。
「──直行で、天国に行きたい?」
 リョーマの本気を感じ取って、顔を引きつらせて即効で否定する。
「こういう非常時に、ふざけないでくれる。あんまり、ジョーク通じる方じゃないから」
「別に、ジョークってわけじゃ……」
 解放された首を撫でながら、ぶつぶつと清純が愚痴る。
「なーに?」
 ニッコリと極上のリョーマの笑顔が可愛すぎて、怖い。これ以上怒らすとご機嫌を元に戻すのに大変苦労するので、さくさくと手を動かし扉を開けることに専念する。
「こっちもお願い」
 扉が開いたので、足枷の解除もお願いする。
 清純が口中で魔法らしい言語を唱え終わると、カチリとした微かな音と共に枷が外れる。
「アンタって、シーフとしてもやっていけるよね」
 回復は出来るし、攻撃系魔法も使える。手先も器用だ。真面目な性格だったなら、今頃名のある騎士になっていたんじゃないかと思う。
(ま、街娘にほいほい手を出す女好きの騎士様なんて、ダメだろうけど)
「月のない夜には、気をつけて──。キミのハートを盗みに、参上するよ」
 顎の下にL字に広げた指をあてて、キメ顔で微笑んで白い歯を見せる。
 早速、喚起されてしまったのか、決めゼリフまで出来ている。それ、おまけに復讐と混じってるし。清純にセンスを期待したリョーマの方が、間違っていたのかもしれない。
「さ、バカやってないで、さっさと行こっか」
 悠長に状況を楽しんでいる暇はない。さらわれた娘達を探しに行くことにした。






変装と言うより女装して潜入大作戦の巻。
ようやく冒険っぽくなってきたような気が……します。

08.10.22 up

BACK TOP NEXT