1.運命の出会い
さらば!オレの若くて短い一生。
額にものすごい衝撃が走って、その勢いのまま後頭部から思いっきり地面に倒れこむのを感じた。
完全なブラックアウト。
死ぬ時って、走馬灯が見えるってほんとなんだ。頭の中に映像がぼやぼやと浮かんできて、焦点があったのか映像が見えてきた。死にかけているというのに、
まるでビデオでも見るような気持ちで、頭に浮かんで来る映像を無邪気に鑑賞を始めた。
浮かぶ映像にしっかりと眼を向けると、白い着物を着て地面に寝ている子に、着物が汚れるのも気にせずに縋りついて泣いている少年がいた。泣き伏す顔をあ
げた時に、見ていた千石は思わず驚きの声をあげる。
服装は地味な着物姿だけど、その少年の顔や体型は毎朝鏡で見る自分と瓜二つだ。双子の兄弟がいると両親に言われたら信じてしまう位そっくりで。これが夢
だから、もしかしたら自分が登場しているのかもしれない。自分を他人の眼で見るなんて、夢にしても変わった夢だなと思った。
千石ソックリの少年が腕に抱きかかえている青白いを通り越して真っ白な顔をしている黒髪の少年の事が、やけに気になってきた。
あれって、死に装束って言う奴だよね。確か、死ぬ時は左前に着せるんだっけ?
どこかで聞いた事のあるようなうろ覚えの知識が浮かんで来る。
なんで、こんなに俺は、泣いてるんだ?どういう関係なんだろ。
TVのザッピングでもしているかのように、すぐにパッと場面が切り替わった。
今度の千石らしき奴は、昔の古い黒い詰襟の学生服姿で、さっきの白い着物を着ていた子が今度はお揃いの黒の詰襟の学生服を着ていた。
手を繋いで歩いているのが恥ずかしいの
か、その子は連れの男と顔をあわせないようにして下を向き
ながら歩いている。 二人でいるだけで幸せって感じな満面の笑顔に、鑑賞している千石もその自分の様子に中てられる。
ふいに耳の鼓膜が破れそうなほど大きな音が聞こえて、驚きのあまり耳を手で押さえた。激しくなにかが破裂したようなどこかで聞き覚えがあるような音。
これって、銃声……?
音の正体に気づいて、千石はハッとする。二人を通り越し、その後ろの通りに視線を向けると、どうやら軍服を着ている男が逃げていく男に向けて発砲したら
しい。
この声が届くはずもないのに、「危ないっ!」と千石は大声で叫んだ。
逃げて来る男と向かいから歩いてくる二人の身体が重なっているのに、それに気づかずに撃たれた銃がその男に向けて発射されていたからだ。漂う緊迫感に声
も出せずに、息を詰める。
下を見て歩いていたあの子の方が先になにかに気づいて、隣にいた男を思い切り突き飛ばす。
まるで粘土にでも詰め込むように容易く、発射された弾丸が身体の中にずぶずぶと入っていく。
すぐに黒い学生服に水で濡れたような一面の染みが出来て、とめ
どな
く血が湧き出て来た。地面にぼたぼたと滴り落ちて広がっていくどす黒い赤。
見ているだけで、ぞくりと恐怖から来る震えが身体に走る。震える身体を止めようとして、自分で自分を抱き寄せる。
大量の出血。あの量では、助からないかもしれない……。
また場面がパッと切り替わる。もう楽しんでいる場合ではなかった。
見たくないと眼を瞑っても、死のビジョンがそのまま脳裏に鮮やかに現れる。まるで、拷問のようだ。
声が枯れる程叫んでも、必ず二人に訪れる死の別離のシーンを見せられる。何度も、何度も──。
あの男は俺で、あの子は……。
何度も何度も巡って来る死の回想を見せられて、千石はようやく気がついた。失っていた記憶が戻って来て頭の中のパズルのピースが全て埋まったかのよう
に、はっきりと解っ
た。
戦局が厳しくなって来たと言われる戦時中、高等部の最上級生はお国の為に借り出されていたが、中等部に所属する千石達はまだのん気な傍観者だった。合同
訓練
があるお陰
で、下級生のリョーマと会える機会が増えたと無邪気に喜んですらいた。
男女席を同じくせずなんて言われていた時代だけど、千石とリョーマはというか、千石はへっちゃらだった。なんせ、男同士だったし。人前でも平気で、手を
繋いで歩いていた。
事件があったあの時は、前から彼が見たいって言ってた外国の雑誌が入荷したって言う連絡があったので、馴染みの古本屋に行こうとしていた所だった。
その時に不運にも、事件に巻き込まれた。戦況の悪さに影響されて治安も悪化して、犯罪も激化していたのだ。
容疑者が俺達のいる方に逃げてきて、その背中に向けて撃たれた銃弾。男がそれを交わしたのも、リョーマのことしか見ていなかった千石は全然そんな事に気
が
付いていなかった。
リョーマくんだけが先に、それに気づいたんだ。
身体を押された瞬間も、何で押されたのかすらまったくわかってなくて、「照れたからって
いきなり突き飛ばすなんて、ヒドイなぁ」なんて、のん気なことを考えていた。
起きあがって隣にいるはずのリョーマへと視線を移した時に、千石の中の時間が止まった。
「なんで、リョーマくんは地面で寝てるの?」
心臓が壊れそうな位、激しく高鳴り出す。
「いくら眠たいからって、そんな所で寝ると風邪ひいちゃうよ」
否定でも肯定でもいいからなんらかの反応を求めたくて、震える口が勝手に言葉をつむぎ出す。
さーっと青白く褪めていく顔とは対称的に、真っ赤に地面を染めて延々と流れ続ける血液。
事態の深刻さに、千石は徐々に気づいていく。──絶望と共に。
手で押さえても、ちっとも止まらない。止まった時が終わり……。そんなこと考えたくもない。
「こんなの嘘だろ!どうして、またこんな事に……!?」
制服が汚れるのも構わず、血で染まってずっしりと重い身体を抱き上げて叫んだ。
──またって、なんだ?リョーマくんがこうなる事が、俺はまるでわかっていたみたいじゃないか。
リョーマの名前を狂乱したように、ただただ呼び続ける。頭の一部分の思考だけが、冷静にその事を考えていた。
そうなんだ。俺には、全部わかっていた。今回は記憶が蘇るのが遅かったみたいだけど、俺と彼は前世からの恋人同士で、いつも最後には恋人と死に別れ
てしまう運命を背負っていた。
必ず、千石だけがこの世界に一人で取り残される。過去の千石の運命は、いつもそう示していた。
死神にとり憑かれている恋人同士なんて、運命は運命でも皮肉な運命の巡り会わせでしかない。ロマンチックでもなんでもない。それでも、大好きな彼が側に
いない生活なんて千石には耐えられなかった。いつの時代でも彼を救う道を探しながら、千石は愛する少年のことだけをずっと見つめ続けていた。
最後に自分が死んでしまうからかもしれないが、彼は前世からの記憶を殆ど受け継いでいないようだった。問いただした事はないので確証は出来ないが、記憶
が残っているのはいつも千石だけだ。
時代によって、思い出す時期や思い出す記憶の量に程度の差はあれど、過去からの記憶を持ったまま千石は転生してきていた。
今回は、彼と出会ったと同時に過去を思い出した。いままでの中でも、一番早い方かもしれない。
いづれ死に別れる運命だと言うのに、どうしていつもキミと出会ってしまうんだろう。
キミと青学の裏庭で出会った瞬間、キミとは運命の出会いだと言うことが抑えられない位の喜びからやって来る身体の震えでわかった。
いままでの数ある出会いなんて、全然比べ物にもならない。キラキラと光さえ放つように輝くキミから一秒でも眼を離すなんて、考えられない。キミとここで
出会う為に、生まれたんだとさえ思った。
──なのに、なんで俺はこんな事まで知ってしまったんだ。いつかキミとの間に、必ず悲しい別れが訪れることまで。知らなければ、あのまま永遠に無邪気な
ま
まキミの愛を得る為に、ずっとおどけて笑っていられたのに……。
千石は、声をあげて泣いた。
***
暗い意識を抱えたまま重たい眼を開けるとベットの上にいて、漂う消毒薬の匂いからここが学校の保健室だということがわかった。どこの学校でも、保健室は
大体が同じ作りみたいだ。
起きあがると、備え付けの丸椅子に座って、マンガ雑誌を読んでいるリョーマがすぐ側にいるのが見えた。
この子が、俺の運命の子なんだ……。
無茶苦茶にその身体を抱きしめたくなるのを堪えて切ない気持ちで見つめていると、リョーマがマンガ雑誌から顔をあげた。
「あ、よかった。気がついたんスね。その様子じゃ、もう平気そうっすね」
部長に叱られて面倒を見ていたが、意識も戻ったしもう役目は果たしたはずだ。椅子から降りていなくなろうとする所を、すかさず千石の手がつかむ。
「……なんスか?」
いつの間にか流れていた涙を見られないように、シャツの袖でこっそりとふき取った。
すっかり夕暮れに染まる保健室で、彼の顔がオレンジ色に染まっていた。
その顔を、まるで初めて見るかのようにじっと見つめながら、
「ねえ、ちょっと待って。オレ、すごいデカイたんこぶが出来てるみたいなんだけど」
意識を取り戻すと、額の部分と地面に強打した後頭部がずきずきと痛みを訴えていたのだ。こうなる事になった原因を思い出せば、ボールを思いきり人の顔に
向かって容赦なく打ってきたリョーマの所為なのだ。
リョーマくんの不敵な笑顔に見惚れていて、避けられなかった俺の所為も少しあるけど。あくまで、少しだけだ。
「スイマセンでした」
謝罪を求められているのかと思ったのか、リョーマはおざなりにペコッと頭を下げて見せる。
「こんなに可愛い子になら、そんな事全然いいんだけどさ。これのお詫びに、オレとつきあって」
複雑な心中を見せる内面を押し隠して、ニッと明るく笑って見せる。
「いやっス」
にべもなく、リョーマにキッパリと断られる。初対面だし、男には興味も無いということで、そこで会話が終わりそうになる。
「じゃ、一回だけでもいいから試しに、オレとデートしよっ! それからでも、遅くはないって! ねっ!」
必死に頼み込む。なにしろ、千石とリョーマの間には時間がない。いつ別れが訪れるのかさえもわからないのだから、一秒だって時間を無駄にしたくない。
「えー?」
眉を顰めて嫌そうな顔。警戒心バリバリの様子だ。
「オレの怪我がひどかったら、山吹は全国に行けないのにー。超痛い、痛すぎるぅ」
作戦を変える事にした千石は、あいたたたと言いながら頭をひどく痛そうに押さえて見せた。
非常にわざとらしいのだが、自分のしでかした事なのでリョーマは責任を取る事にしたみたいだ。
ひどく面倒くさそうに聞こえよがしなため息をついてから、数秒後。
「……わかりました。これ一回っきりっスよ」
「やったー!」
表情をパっと笑顔に変えて、ぎゅうぎゅうと力いっぱいリョーマに抱きついた。
「ちょっと、離して」
腕の力が強すぎたのか、リョーマが悲鳴をあげる。
「あ、ゴメン」
言われてようやく力が入っていた事に気づいて、リョーマを解放した。
欠けていた破片が埋まったようにこの腕にしっくり納まるのに、なんでまだ自分のものじゃないんだろ。逆に、そのことが不思議でしょうがなかった。
「今度の日曜日に、青葉台駅の広場で10時に待ってるから。必ず来てね!」
「そんなに念を押さなくても、わかったっスよ」
──こうして、千石とリョーマの運命がまた重なりあった。
前世から続くリョマ死物ですので、苦手な方はご注意下さい。途中まで、ほのぼのと切ない千リョです。
06/01/31 up