That day Some day


 ホームルームが終わって教室を出た所で、山吹中テニス部員一堂に千石は囲まれていた。
 リョーマくんのもとに急いで行かないといけないのに!とやきもきし ながら、表面上では平静を装いながら説得をはかる。
「いや、あの、みんなの気持ちはね、すんごく嬉しいんだけど。オレ、今日はちょっと大事な用があってだねー」
「なにを遠慮してるんですか。千石さんらしくもない 」
 室町は、一言の元に迷わずに否定する。
「オレの人間性を誤解してるよ? 謙虚な人間っていうのは、オレのことを言うんだよ」
「またまたー、千石先輩は、ほんとに面白いですよね!」
 面白いジョークを聞いたように、檀が笑う。地味'Sじゃない方のダブルスにまで、笑われる。この二人はいつも笑いの琴線が全く解らないので別にいいのだ が、無邪気な檀の態度にいままでで一番千石はショックを受けていた。
「本当なのに〜」
「今日は千石先輩の為に、特別ゲストを用意してるんデス! 絶対参加してください!」
 いまにも逃げ出しそうな千石の腕を、確保するように檀が強くつかむ。
「う・うん。わかった。じゃ、ちょっとだけ行こっかな。折角、用意してもらったんだし。主役がいないと駄目だよね。うんうん」
 ──もしかしたら、リョーマくんは来れないって聞いたけど、誕生日だからってことでこっそり来ているのかもしれない。
 リョーマくんってば、演出家さんな んだから〜と、実際はかなりの期待を持って、檀達に ついていった。

 リボンや紙のワッカで飾ってある部室。まるで、幼稚園のお遊戯会でもやるみたいだ。殺風景で素っ気なかった部室が可愛らしくなっている。その中に、ひど く不釣合いな男が存在していた。
「な〜んだ。あっくんかぁ」
 がっかりと言わんばかりの落胆の声。希望が潰えたと思った。
「随分なご挨拶だな」
 ツンツンと尖っている髪以上に鋭い目で、じろりと不機嫌そうに睨まれる。
「いいや、別にー。なんでもないですよー」
あっくんなんて、全然豪華ゲストじゃないじゃん。
 ぼそぼそと、不満を呟く。 過度の期待をしてしまった過去の自分に、ため息を吐く。
 聞き捨てならない言葉を聞いたとばかりに、眉をキリキリと上に吊り上げる檀。
「千石先輩! 亜久津先輩をここまで連れてくるの、ほんとに大変だったんですからね!  もっとよろこんでくださいデス!」
 わかったわかったと、檀を宥めながら、
「うれしい、すごくうれしいヨ」
「棒読みです!」
 なんとかひねり出したというのに、これでは納得するつもりはないらしい。周りのメンバーに助けを求める目を送ったが、あっさりと無視される。
「わーい、うれしいなったら、うれしいなー!」
 もうやけになった千石は、声をはりあげる。
「バカっぽいデス……」
 尚も、檀は唇を尖らせて不満そうな声をあげる。
「それは、千石の地だからしょうがないぜ。檀」
 南が結論づけると、あはははと皆の納得したと言う笑い声が起こる。憮然とする千石を肴にして、もりあがり始めた。

 誕生パーティーが終わったら速攻でかけつけようと言うことに決めた千石は、自分だけが絡まれるのは勘弁とばかりに話題を替える。
「それでさー、ビッグゲストの亜久津は、今日の主役のオレに誕生日プレゼントとか持ってきてないの?」
「ああ? 相変わらずウザイ男だな。仕方ねえ」
 床に無造作に置かれた茶色の紙袋からごそごそ取り出したのは、煙草1ダースだ。
 部室で交わされる非合法なやり取りに、南は眉を顰める。おまえも大変だなと、東方は南の肩を叩く。相棒のフォローに、南は苦笑する。めでたい席を打ち壊 すのもなんなので、見なかったふりをすることにした。
「あ、嬉しいけど、いいや。オレ、禁煙中なんだよね〜」
 もらえる物ならなんでももらうはずの千石が、さらりと断る。
「やややっ、マズイデス!」
 檀が慌てて声を発したが、既に遅かった。
「珍しいじゃねえか」
「だって、苦いって言うんだもん」
「なにがだ?」
「これは、はまってしまいましたね」
 亜久津と千石のやり取りをみて、冷静に室町は呟く。
「リョーマくんとキスする時に、決まってるじゃない。いやーん。亜久津ってば。エッチー!」
 ばんばんばんと、興奮した千石が亜久津の背中を叩く。
「バカじゃねえの。お子様とつきあって、なにがいいんだか」
 ケッと下らなさそうに、吐き捨てる。
「ふぅん。亜久津がこんな会に珍しくやって来たのってさー、リョーマくんが来るかもとか思ってたからじゃないのぉ?」
ア・ヤ・シ・イ・ゾ。
 ツンツンと、からかうように背中をつつく。
「お子様同士で、チョコでも食ってろ」
 亜久津はテーブルにあったポッキーを鷲掴みにして千石の口に無理矢理放り込んで、乱暴に席を立っていなくなる。
 むぐぐ、もぐもぐと口の中の物をなんとか咀嚼しながら、図星っぽいな。やだな〜。亜久津まで、やっぱりそうなんだと、いつまでたってもなくならない所か 増 殖し続けるライバル達に思いを巡らしていた。


 自分の誕生日を祝う事がメインではなくて、単に皆で騒ぎたかっただけなんじゃないかと千石が気づき始めたのが三次会になってからだった。連れ込まれたカ ラオケ店か ら、ようやく抜け出す。すぐに抜け出す予定だったのに、外に出るともうすっかり日が暮れはじめていた。届きすぎてパンクしそうなメール受信のマークを無視 して、リョーマに急いで連絡する。
「──いまからって、会えないかな?」
 唐突だとは自分でもわかってたんだけど、朝からずっとたまっていた思いが溢れてどうしようもなかった。
「どうしても今日は誰かと会いたいって思っても、意外と誰もつかまんないし。オレって、結構友達少ないんだよ。それになんてったって、リョーマくんがい い。 リョーマくんと、今日 は一緒にいたいんだ」
 唐突な千石からの電話に、リョーマは驚いていなかった。
 カラオケ店から出て来た千石の姿がリョーマに見えていたからって言うこともあったけど、そんなことには慣れているのだ。基本的に、千石はいつも唐突 なのだ。前置きがある方が驚くくらいだった。
 「アンタの友達が少ないって? これのどこが?」
 千石が手に持っているプレゼントが大量に詰まった袋を、冷静に指摘する。
「ウソじゃん。こんなに祝ってもらっておきながら、このゼイタクモノ」
ま、いいけど。俺にも少し、アンタの時間チョウダイ。
 ニッと、笑うリョーマ。
「もちろん、リョーマくんになら、全部あげるよ」
「別に、少しでいいんだけど」
 サービス精神旺盛に笑顔で答える千石とは対照的に、リョーマはとてもそっけない態度だ。
「キヨスミ、誕生日おめでと」
 言われた千石の時間がストップする。そのまま、固まった状態でリョーマの顔をじっと見つめ続ける。
「なんで、俺がアンタの誕生日を忘れてるとか知らないとか思うの? どうでもいい誰かの誕生日じゃない。アンタの──自分の好きな奴の事くらい、覚えてる に決まってるだろ!」
「リョーマくん……」
 感動してしまう。ここまで思いが報われた日が、未だかつてあっただろうか……。ちゃんと覚えていてくれただなんて。
 こういう展開を期待してなかったかって言えば、嘘になる。むしろ、熱望していたくらいだ。ものすごく期待してはいたんだけど、実際に実現したらこんなに 胸 がざわざわして苦しくなるだなんてことは、想像外だった。自分の恥ずかしさ、浅ましさ、喜び、驚きで、頭の中もぐちゃぐちゃだ。衝動的に走って、逃げ出し たい ような気分もある。
 ほんとに、この子がオレを好きだなんて、はなまるラッキーでも特大ラッキーでも足りないくらい凄いことだと思う。
 リョーマくんのドライなとこって時々すごくへこむけど、そういうとこがリョーマくんらしくて好きは好きだし、誕生日を祝ってくれなくたって、そんなこと は実際はどうでもいい。
 誕生日限定じゃなくて、オレがいつでもキミと毎日当り前のように一緒にいたいだけで。それだけが唯一の希望で、これからもずっとと願い続ける祈りさえ混 じった願い。
「それ、リピートで3回くらい言って! リョーマくん、お願い!」
 そう言って、拝むように顔の前で手を合わせる。
「バーカ」
 千石といるとすっかり挨拶代わりになってしまった千石言う所によると、リョーマの口癖が出る。くしゃっと鼻の頭を顰めて言うなり、迫ってくる千石に肘打 ちをする。
「オレとつきあうようになってからさ、リョーマくん暴力的になったよねー」
「アンタの気の所為でしょ」
 ツンと、リョーマは冷たく顔を背ける。
「俺、これでもキヨスミのこと知ってたつもりなんだけど、なにをあげたら喜ぶかって言うと案外わからなくて、すごく悩んだ」
 外で待っている内に冷たくなった手に息をはぁっと吹きかけてから、決まりが悪そうにコートのポケットからオレンジ色の封筒を取り出す。
「……あー。なんていうか、こういうの、俺の柄じゃないんだけど、これ」
 千石の手に、その厚みがある封筒を渡す。
 がさごそと音をさせながら開けてその中身を見て、千石はニッコリと笑顔になった。
 恥ずかしくなるような満面の笑顔から目を逸らして、リョーマは込み上げる思いを拳を握り締めて押さえる。
 千石が腕にしている買ったばかりのスウォッチのオレンジの腕時計を、忌々しそうにキッ と睨む。
「前から欲しいって言ってたからそれにしようとしたのに、アンタ買っちゃうし」
 あぁ、そっか。そうだったんだ。
 言おうとした言葉を飲み込みながら、文句を尚も言うリョーマを見つめる。
 リョーマの機嫌の悪さの原因は、やはり千石にあった。それも、嬉しい意味の方で。
 千石にあげる誕生日プレゼントが決まらなくて機嫌が悪かっただなんて、たまらない。嬉しくて、叫びそうだ。
「メンゴ。安くなってたんで、つい買っちゃったんだ。リョーマくんからもらえるってわかってたら、絶対買わなかったんだけど」
「いいよ、別に。俺が勝手にそう思ってただけだし」
 考えに考えて最終的にリョーマが作った物は、千石なら喜ぶだろうと思って考えたチケットだった。デート券、ショッピング券等、色んな種類のチケットが封 筒に入って いる。綺麗な筆記体の文字がチケットに綴ってあった。
「それでさ、このチケットなんだけど。──夜の券はないのかな?」
 チケットの表と裏を偽札でも発見する係官のように真剣に一枚一枚を確かめながら、千石はいつにないくらい真顔でリョーマに尋ねる。
「──いますぐ、破り捨ててイイ?」
 クールもクール、超クールな声。さっきまで浮かんでいた笑顔が消えて、恐ろしい程に真顔だ。この静かすぎる沈黙が恐すぎる。
 ついさっき言ったばかりの発言を否定する為に、千石は急いで小刻みに首を振った。
 千石の右腕につけている買ったばかりのスウォッチを改めてチラッと見ながら、
「言っとくけど、だからって、手抜いたわけじゃないから。アンタなら、こういうのが好きそうだと思ってなんだからね!」
 堪えきれずに、あははっと千石は笑い出す。
 ぐっと言葉に詰まって、リョーマは頬を膨らませる。完全に、千石に自分の状態がばれているらしい。普段から千石に比べれば無口なリョーマがこんなに喋る のは、すごく照れているからだ。
「リョーマくんさ、照れてるでしょ? こういう時、多弁になるよね」
 思わず零れた笑みを、ちらっと見せる。リョーマよりむしろ、千石の方が決まり悪そうにどこか照れているような顔をしていた。
「──っ! 別に、違うし!」
 カッと白い顔を赤く染めて、リョーマは即座に否定する。
 これ以上からかうなんてことはせずに、リョーマの視線をまっすぐに捉えて思いを伝える。
「リョーマくん大好き 」
「俺も……」
 擦れたソプラノボイスから続いて出て来た言葉が耳に入った瞬間、身体が勝手に動いていた。
 つむぎ出した言葉を少年の身体の中に再び封じこめるように、唇をふさぐ。
 呼吸をする為に開いただけの口。そんな猶予すら与えず、深く繋がりたいと言う思いを性急にぶつける。
 まるで縋るように己の肩にギリギリと痛い位に食い込む少年の爪すら愛の証のようで、この恋にすっかり重症な自分を今更のように感じた。
 怒りさえ混じっているように驚いて見開いた眼が艶を帯びて、とろっと潤み始める。その鮮やかな変化はいつも見ていても全く飽きないもので、煽られるまま 角度を変えて口付けを深めていく。
 びくりと瞬間的に強張った身体が弛緩して、リョーマが瞳を閉じてキスに応えはじめるまで何度もキスを繰り返した。


 誕生日なので特別と言い張って手を繋ぎながら、リョーマの家へと向かう。
「あ、そうそう、来月さ」
「俺、チケットならいらないから」
 迷いもせず、リョーマは断る。
「えー、オレがこんなに嬉しいんだから、リョーマくんだって嬉しいでしょ?」
「ゼンゼン。こんなので喜ぶのアンタだけだよ。イチオウ、これ、ほめ言葉だけどさ」
 リョーマにしては珍しくフォローが入る。いつもより千石に甘いのは、誕生日だかららしい。
「耐久とか、アクロバティックとかさ。よくない?」
「1人でやれっ!」
 繋いでいた手を放して、千石を思いっきり横に突き飛ばす。
「あれれ、リョーマくーん誤解してな〜い? リョーマくんがだーい好きなテニスのことだよぉ?」
 右の眉をあげて、千石はにやにやとたちの悪い笑顔を浮かべる。
 たちが悪い上に、心底面倒くさい男だ。あまりの嬉しさのあまり仕舞わずに手に持っていたチケットを千石から取り返して、イライラッときたリョーマは無言 で真っ二つに破り捨てる。もらったばかりのチケットの切れ端がひ らひらと宙を舞う。
「うわー! リョーマくんひどいっ!」
「フン。俺をからかおうだなんて、100年早いんだよ」
 その言葉を聞きとがめた千石は、はっとする。
「それって、100年ぐらいオレと一緒にいてもいいってこと?」
「──アンタといると飽きないから、それもいいかもね」
 天邪鬼なリョーマから素直な言葉が返ってきて、千石はびっくりする。
 どんな表情で言ったのか顔を確めようと近寄ると、リョーマは千石を交わすようにすっと身体をしゃがませたかと思うとバネが爆ぜるように走りだす。
 ぼろぼろのチケットを地面から慌てて拾いあげて、いまにもどこかに行ってしまいそうな小さな背中をどこまでも追いかけた。






今年は、中学生らしい2人を目指してみました。
あんなもので喜ぶのは、清純くらいです!(注:褒め言葉です)
誕生日でも、いつもの2人です。ちょっぴり、ラブかな?

06.12.17 up

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