何度も少年の顔を確認した後、思いきったように言い出した。
「あのさ、オレの気の所為ならいいんだけど、リョーマくんいま怒ってない?」
「……別に」
むすっとした顔で、唇を真一文字に結んでいるリョーマ。
この態度は、なにかがあるって言っているようなものだ。リョーマくんの別には、全く別になんてことじゃない。この信号をビビッとキャッチしないことに
は、人気者の少年の恋人は勤まらないのである。
今日は、なにもしてないはずなのに。──あくまでも、今日はだけど。
また怒られないように、ちらっと様子を伺う。
リョーマはなにかを考え込んでいるみたいに、腕を組みながらぶつぶつ言っている。
現在の状況は、学校が終わってすぐに青学にダッシュして、校門から出て来るリョーマくんの姿が見えたから嬉しくなって手をあげて声をかけただけだ。
そんな毎度毎度な状況
の
11月の冬。寒いから手をつなぎたくなって、もっとラブラブしたい季節に向かって一直線だ。寒くなくたって、ラブラブはしたいけど。あくまでも、千石は常
時そのつもりだ。
「あ、人がいるから、恥ずかしかったとか? オレは気にしないけど、メンゴ」
「別にって、言ってるだろ。そんなことで、いちいちあやままんなよ」
黒目の割合が大きい迫力がある目で、じろっと不機嫌そうに一瞥される。
こんなことぐらいでは、今更千石は傷つかない。リョーマと付きあうようになってから、耐性が出来ている。それに、ぶっきらぼうな言葉の裏に隠された
リョーマの優しさを知っているから平気なのだ。
機嫌が悪そうなリョーマには気づかれないように息を吐いて、千石は首を竦める。
やっぱり、リョーマくんはなにかで怒っているらしい。原因は、相変わらずわからないけど。
***
放課後の教室。
机に教科書をしまいながら、思い出したように南は後を振り向く。
「おまえの誕生日会だけど、部室でやるからな」
「用意してもらったのにすんごい悪いんだけど、今年はいいよ。だーって、リョーマくんと……」
昔で言うぶりっこのようにグーに丸めた拳を口にあてて、むふふふふ〜と不気味な笑いを零す千石。
千石がおかしな様子なのはいつものことなのでさらっと流し、青学の1年生ルーキーの名前を聞きとがめて顔をあげる。
「ああ、越前か。打ち上げがあるからって言って一応誘ってみたんだけど、来ないみたいだぜ。家の用事があるんだってよ」
「えー! なんで、南がリョーマくんとそんな連絡取ってんの!」
身体のどこから出しているのかわからないような素っ頓狂な声をあげる千石。その声の喧しさに、南は顔を顰める。
「はぁ? 友達だからだろ」
なにをいうのやらと、おかしな事を言い出す千石にあっさりと説明をする。
「ウソだー。オレ、南と友達だなんて、リョーマくんから聞いたことないもん」
「そんなもん、わざわざおまえに言うことか? アイツ、ウチにも結構遊びに来るだろ。太一とも、仲いいみたいだぜ」
で、みんなで楽しんでだってと、さらりとリョーマからのメールの返信内容を伝える。
「当然知ってるだろうと思ってたから、あえておまえの誕生会だとは言わなかったんだけど……」
ショックを受けるだろう千石を励ますように、ぽんぽんと千石の肩を陽気に南は叩く。
「ま、俺等がいてよかったじゃないか。代わりに、盛大に祝ってやるよ。テ
ストも終わって、暇だしな」
「ヨクナーイ。 なんで、オレより先に、南なんかと連絡取ってるわけ?」
すこぶる眼つきが悪い目で、南を横目で恨みがましそうに見る。
「まさか、浮気じゃ!?」
嫌な真相に思いあたって、千石は机を盛大にぶっ叩く。数人残っていた生徒が驚いたように、一斉に振り返る。なんでもないと南が否定し、わあわあと騒いで
いる千石を見て納得したように頷いて心得たようにぞろぞろと教室を出ていく。難を逃れられて羨ましいと、南は思った。
「バーカ」
見当違いな批判をしてくる男に、嘆息交じりに言った。
「ちょっ、それ! りょーまくんの口癖じゃん!」
疑惑を確信したような気分で、南に顔をぐっと詰め寄らせる。
「馬鹿か……」
口癖って、それがかよ。よっぽど、おまえがアレなんだろうな……。
南は、深いため息を吐く。更に、息巻いて捲くし立ててくる千石を呆れたように見つめて、 つくづく越前の忍耐力とモノ好きに感心した。
「なに、このメール! オレよりメール長いじゃん! 南、超ずるいっ!」
「いい加減、携帯返せ。俺、日直だから、日誌出しに行かなきゃいけないんだからな」
浮気の取り調べと言って携帯を千石に取りあげられて、部活が始まりそうな時間になっているのにも関わらず、まだ話が終わっていなかった。
「ひぃ〜! なにこれ! 南ん家に行くって、なに?」
「小太郎に会いたいんだと。アイツ、動物好きなんだよな」
小太郎とは、南の家で飼っている柴犬の名前だ。ひょんなことからペットの話になって、なんとなくの流れでこんな話になっただけだった。
「ワンコなら、こんなにこんなにすぐ側にいるのにー!」
飼い犬の小太郎が映っている南の携帯の待ち受け画面に、ガウッと吠えて威嚇する。
自分の携帯を取り返すのも忘れて、南は遠い眼でその行動を見守る。
「……そうだな。ただデカイだけの駄犬がな」
「南ってば、知らないの? バカな子ほど、カワイイんだよ」
ニッと自分を指さして笑う千石。
自分で認められるのはすごい事なのか、よっぽどのバカなのか。それはおそらく、後者だろう。
「オレ、帰る! っていうか、リョーマくんに会いに行かなくっちゃ!」
「おい、部活はどうすんだよ!」
「そんなことよりこっちの方が重要事態だから、メンゴ」
ようやく手元に返ってきた携帯を何気なくいじると操作された後が残っていて、リョーマから届いたメールが千石宛に全部転送されていた。
「──ほんとに、バカだ。バカの中に越前バカも入れると、余計にバカになんだな」
つくづく呆れ気味の声とは裏腹に、どこか羨ましさが混じった目線で慌ただしく走り去る千石を見送った。
*
「……そういえば、南さんから聞いたんだけど、25日に山吹で打ちあげがあるんだって」
「うん、そうなんだ! そのことで話があるんだけど──」
勢い込んで喋り出そうとする千石を手で制して、
「テストが終わったって言っても、3年なのに余裕だよね。ま、ウチの先輩も余裕そうだけどさ」
ちょっと、俺、今日急ぐから。じゃあね。
「え……、リョーマくん! 待って」
既に、リョーマの姿は、千石の目の前にない。あっという間の出来事だった。
辺りが薄暗くなってきていたことにも、ようやく気がつく。
「今年は、ロンリーバースデー……か。リョーマくん、知らないのかなぁ」
なんてったって、リョーマくんだもんね。
独りでそう呟いてると、うっかりとロンリーで寂しく過ごす切ないバースデーを納得しそうになってきた。
いけないいけないと、そんな考えを振り払おうと首を思いっきり左右に振る。
「そっか。もっと前から、アピールしとけばよかった。──いや、明日でも遅くないか? よし、そうしよっ! 誕生日をいいことに、リョーマくんの家に押し
かけ
ちゃおっと♪」
心を決めると、即興の鼻歌を歌いながら家路を急いだ。
今年は、中学生らしい2人を目指す予定です。
リョーマの不機嫌な理由は、清純の誕生日当日に明かされます(当然)
06.11.25 up……は嘘で、06.12.08 up
TOP
NEXT