21. 花びら


「スキ…、キライ、スキ…キ・キライ!?リョーマくんはオレのこと嫌いなんだ!あーもう、なんで!」
「…なにやってんの?」

千石の手元と辺りに散らかった花びらの山を見て、事態を説明されずとも理解してしまった。
春のぽかぽか陽気に反して、すこぶる冷気の篭もった視線を千石が凍る程じっくりと浴びせかけた後、バカっとぽそっと冷たい一言をかけた。
やっぱり、オレのこと嫌いなんだ。リョーマの冷淡な態度に、千石は益々ショックを受けた。

奇数で終われば、相手もその人を好きだなんて、なんて単純な恋占い。
そんなの元々奇数の花を狙えば、簡単に当たっちゃうじゃん。
それに気づかない千石は、かなりバカだと思う。
ああ、でも直ぐにそういう気持ちが大事なんだよ!と力説されそうだけどね。
そういうバカなくらいに、なんでも一生懸命な所が放っておけないのかもしれない。

今日だって千石の姿を見かけなかったら、桃先輩の自転車の後ろに乗って真っ直ぐ家に帰ってたし。
校門で会うなり、桃城くんはどこ!なんて俺の胸倉を掴む勢いで聞いて来るから、俺に会いに来たんじゃないんだと無視して帰ろうとしたら、よく聞くと俺に会 いに来たら しい。
しょうがないという事にして、千石が横に勝手に着いて来るままに歩いていると、土手に通りかかった。

ちらっと横目で見ると、土手に座り込んで恋の女神様お願い!とブツブツ祈りながら、新しい花を手折ってまた恋占いを開始している。
それも、前と同じ花だ。同じ花でやれば、普通同じ結果になるだろ。それ位、気付けよ。
よく俺のことを鈍いっていうけど、そういう千石の方が鈍感バカだ。
ラッキー千石に、リョーマは新しい形容詞を見つけた。
今日から、鈍感バカ千石決定!
決めたけど、長いし言いにくい。すぐに、そんなあだ名は思考のゴミ箱にポイッと捨てる。
ふうと疲れたような息を吐いた後に、鈍感バカ千石(折角なので一度使ってみたけど、やっぱり長い)の犠牲になっていく花が可哀相なので、土手をぐるっと 見渡すと、雑草から春の七草によもぎまで色々と 咲いている。
探していた物を雑多に摘み取って、蹴り倒したくなるようなウジウジしている背中を見ると、かなり見ているだけで鬱陶しかったので実際に足で蹴った。その背 中に、綺麗にリョーマの足跡がつく。
それを見たリョーマはちょっと気が済んで、ニッと笑った。
千石は情けない悲鳴をあげた後、前のめりにべちゃっと倒れる。
すぐに、クリーリング代とかマジでイタイんだけど。背中も痛いけどさとぶつくさ言いながら、背中についた跡を身体を 捻って覗き込んで、必死に後手で払っている。

「アンタ、手開いて」
いつもより早口で言うと、そんなリョーマの勢いに押されて千石が両手を開いた。
そこに、ぽとぽと摘んできたクローバーを上から落とした。
「これで、やってみなよ」
「え?スキ、キライ、スキ……え――-!キライ…!?やっぱり、嫌いなんだ」
二度目のショックのあまり、千石は地面にガクッと膝をついた。

常々思ってたんだけど、この男はラッキーの使い所がいつも間違っている。
なんで、よりによってこんな時に四葉のクローバーを見つけるんだか…。
うぅっと喉の奥から唸るような声を出して、茎だけになったクローバーを手から乱暴に払い落として、残りをジロジロとよく吟味した後に一つだけ渡した。
「もう、ラストチャンスだからね。後は、知んない」

渡されたクローバーを、千石は一つ一つ千切り出す。

「スキ」
一枚、プチンと千切る。
「キライ」
もう一枚、プチンと千切る。
「スキ」
それが、最後の一枚だった。
ポトッと無意識に手から地面へ葉を落としながら、茎だけになった手元の元・クローバーを、まじまじと見つめる。
すると、喜びがじわじわと湧き上がってきた。
わざわざこれを選んで渡してくれたって事は、そうだよね。
見返りが返って来ないリョーマの冷たい態度にめげそうになっていたけど、こういう事がふいに起こるからやっぱり諦められない。
嫌いなら放っておけばいいのだ。オレだったら関心のないどうでもいい奴に好意を持たれていたら、容赦ない程に冷たい。
もしくは、利用するだけ利用してポイだ。
だって、オレは好きじゃないわけだから、何の良心の呵責も感じない。
リョーマくんは、そんなオレの好意を利用するなんて全然考えていない。ただのシカトも、寂しいけど。
鬱陶しがりながらも、こうやってちゃんと相手をしてくれる。
あぁー、もうリョーマくんからは、どうしたって離れられない。好きだ。オレのモノにしたい。

「ねえ、これってさ…、もしかしなくてもオレのことがリョーマくんも好きって事!?」
「さあ、ただの恋占いでしょ?そんなもの本気にしないでよね」
バカにしたような笑みを薄っすらと浮かべながら、首を揺らした。

「リョーマく〜んv」
急に、背中がずしりと重くなる。千石に後から抱きつかれた所為だ。
「熱いから寄るな。バカ」
「両思いなんだから、いいじゃん」
「じゃあ、せめて横にいろよ。重いし、暑いし、鬱陶しい」
「オレさ、クローバー大好き!でも、一番好きなのは、リョーマくんだけどね」
「あ、そう」

この距離感が心地いいから、まだアンタのことが俺も好きだなんて教えてあげない。
自分で答えが解ったら、鈍感バカという形容詞の鈍感だけは外してあげる。
バカを外すには、一体何年かかるんだろうね。
それくらいには、アンタの側にいるのが飽きないって、思ってるんだよ。

さあ、いつ気付くんだか楽しみだ。
ふっと目を細めて、我知らず楽しげな笑顔になった。
千石が見ていたら、リョーマの滅多に見られない優しい笑顔に見惚れていたに違いないのだが、当の千石は残念ながら見ていなかった。


ちょっと目を離したうちに、バカみたいに三つ葉のクローバーを嬉々として摘んでいる千石の姿を見て、げんなりする。
小さな花束が出来る勢いで、手にクローバーの束が貯まっている。千石作詞作曲の編曲まで兼ねる陽気な鼻歌まで聞こえてくる。
情けは無用だったなと、先ほどの行動をいきなり後悔したくなった。






清純は、そういう事を真面目にやってそうだという思い込みエピソード!
ラッキーを変な所で使っていると、真剣に思っています(笑)
バカだなと思いながらつきあってくれるリョーマは、優しい子です。
好きから始めれば好きで終わるのは、どこにでもある三つ葉のクローバーです。
これって、花じゃないかも…?愛の前では、こんな事は些細なことですよ、きっと!

05.08.28 up→06.04.30 改稿 up

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