19. ケータイ


桜吹雪という偽のお金持ちの賭博事件に巻き込まれたリョーマ達は、詳しい事情聴取を受けなければなら ない所を跡部の口利きでしないですん だ。
事件があって疲れた事もあって、どこかで寄り道をしようという気力もなくなっていたので、駅で現地解散となった。
早く家に帰ろうと、リョーマも家路に向かおうとしていた。

──そういえば、色々あったせいで携帯チェックしてなかったっけ。

マナーモードにしたままカバンに入れっ放しにしておいた携帯を、引っ張り出した。
着信履歴とメールが、物凄い量になっていた。
全て同一人物からで、やれやれと思いながらも、目に付いた近くのベンチに座って休憩がてら内容を読む事にした。
メールの内容も、最初はいつものように他愛ないものだった。

『もう着いた?
豪華客船で、玉の輿とか乗っちゃダメだからね!将来性バッチリのこのオレが、リョーマくんにはいるんだからv』

『やっほー♪
楽しんでる?アメリカの選手に狙われた時はかなり頼りたくないんだけど、不二くんに頼るんだよ!襲われてからじゃ遅いんだから!』

『ご飯食べた?
リョーマくんの正装姿見てみたかったな。でも、いつか見るからいいけど。いつかって?それは、ひ・み・つ。えへへvv』

以下、延々と下らないことでメールが続いて……。

『リョーマくん無事!?
テレビで、船が爆発したとか賭博事件とか言ってるんだけど、アレってリョーマくんが招待された船でしょ?怪我なんかしてないよ ね?』

『大丈夫?
お願いだから、リョーマくんの携帯を拾った人でもいいから、俺に連絡してください。千石清純090−△〇×〇−△△××』

『リョーマくん無事でいて。
いつもの面倒だから、メールしないとかいうやつだよね。ワン切りでもいいから、お願い』

いつもは下らないメールが多いから、面倒くさくて滅多に返さないんだけど、これはヤバイ。
ピッと、携帯の履歴から千石に電話をかけた。
ワンコールもしない内に、すぐに通話が繋がる。

『もしも…』
始めの言葉さえ言い終わらないいい内に、千石がマシンガンのような勢いで喋り出す。
『リョーマくん!!!リョーマくんだよね?』
『あ、うん。俺だけど…』
勢いに押される。そんなに心配してたんのに悪かったなと、真摯に心配してる千石の必死な声を聞いて初めて思った。
『…ああ、良かったぁ。リョーマくんが生きてて。オレ、すごい心配してたんだよ。そういえば怪我は!?リョーマくん怪我とかしてないの?大丈夫なの?』
『してないよ』
『無事を確めない事には、もういても立ってもいられないんだけど!リョーマくんいまどこ?』
『駅出てすぐの所』
『すぐ行くから、駅前で待ってて!』
『あ…』
返事もする前に、通話が切られた。
心配かけたし、しょうがない…か。
ジュースを買って、駅の出口から出て辺りを見渡せばすぐに解るベンチに移動した。


──来た。
いつもは拘りを持って整えているオレンジの髪の毛が、あちこちに跳ねているのが見えた。
オシャレ第一の千石が、身形すら構っていない。
部活があったのか夏の制服を着ていたけど、上着すらきちんとボタンを止めて着ていなかった。
声をかけようとベンチから立ち上がったら、リョーマを見つけた千石が一直線に走ってきた。

顔中に汗の雫が、浮かんでいた。立ち止まったので、汗がタラっと頬を伝って地面にポタポタと落ちた。
錨の模様が真ん中についたノースリーブのシャツから見える傷一つない白い腕。
白い短パンから伸びるすんなりした足にも、かすり傷一つ見えなかった。
オレを見とがめて、何も言わないオレを不思議そうに見上げる光を帯びた大きな黒い瞳。
……いつもと同じだ。前に会った時と、まったく変わっていない。
平然としているリョーマを見て、力がすこーんと抜けた。
リョーマの目の前で、へなへなと膝をついてへたりこんだ。

「よかったー…………」
ずっと胸の中に詰めていた暗くて重たい空気を、ようやく吐いた。
「キヨスミ、だいじょうぶ?」
地面にへたりこんだ千石の元に駈け寄って、心配気に顔を覗き込んだ。
「リョーマくんに怪我とかなくて、ほんとに良かった」
まだショックで震え続けている千石の手を、ぎゅっと握り締めた。
「俺はそう簡単に、死なないよ」
「いくらリョーマくんが丈夫だって、爆発に巻き込まれたり、銃で撃たれたら死んじゃうんだよ!ニュースを見た瞬間、オレの心臓が止まるかと思う位、ショッ クだっ たんだから」
それを聞いて、ぎくっとする。
あの時、銃で脅されたり、本当に撃たれそうになったっていうのは、キヨスミには秘密にしておこうと心に決めた。
桃先輩に菊丸先輩とか口が軽そうだし、不二先輩に口止めを頼まないとダメかな。
でも、交換条件が恐そうだなと、先輩のいつも浮かべている不思議な微笑を思い浮かべた。
ははっと、その思考を誤魔化すように、頬を指で気不味げにかいた。

「そんなこと、滅多にないって。あっても、映画とかTVの中くらいだよ」
「なにがいつ起こるかなんて、誰にも解らないんだよ」
目の前にいるその感触を確めるように、そろそろとリョーマの身体に腕をまわして抱き締めた。
ドクドクと脈打つ生命の息吹の証の音。規則正しい心臓の鼓動が、合わせた胸越しに聞こえてきた。

生きてて、ここでまた会えてよかった。
オレの不規則に激しく動いていた心臓の鼓動が、ようやく正常に動き出したみたいだ。
「…よかった」
夢でもなくて現実に、リョーマの無事をしっかりと確認して、何度もそう呟いた。

抱き締められた胸の中から手を出して、千石の背中を落ち着かせるようにそっとさする。
「もう、だいじょうぶ。俺は、ココにいるから」
リョーマの慰めに無言で頷いて、リョーマの身体を抱き寄せた。
幼子が親に縋るような精神的なもので、不埒な気持ちなんか一切なかった。
それが解ってるから、素直に抱きしめられたまま、千石の気持ちが落ち着くのを待った。
ここがドコで、どんな場所かも解っているけど、気にしなかった。
駅からすぐの目立つ場所で抱きあう中学生を、通り過ぎる人々は大人の無関心で、顔を顰めながら通り過ぎていく。
千石の身体越しに、スカイブルーの夏にしか見れないひどく爽快な空が見えた。
立ち止まる俺達に、なんの容赦もなく夏の破壊力を増した光線が突き刺さる。

──キヨスミの所に、帰ってこれてよかった。

いままでそんな事思い浮かべもしなかったのに、ふと思った。



リョーマの右肩が、急にトントンと手で叩かれた。考えを切り替えるように一度眼を閉じた後、顔を上げた。
「…なに?」
「なあ、コイツってチビスケのなんだよ?」
「え?ちょ、なんでリョーガこんなとこに!?」
海に逃亡して消えたハズの兄の姿を、意外な所で再度目撃したので、驚きのあまり抱き締めていた千石を咄嗟に突き飛ばした。
服装も別れた時と代わっていなくて、まだ黒のジャージを着ていた。
リョーマから奪い取った帽子まで被っているので、リョーガである事は間違いなかった。
「あんま細けえこと、気にすんなよ。久々に、チビスケと交流すんのも悪くねえかもって思ってな」
リョーマの頭をヘッドロックするように腕で絞めながら、状況が解らずに混乱しているリョーマを無理矢理抱きすくめる。
「離せよ。バカリョーガ!」
「冷たいじゃねえの。昔は、あんなに可愛く俺に、抱きついてきたのによ」
首を絞める腕だけでも外そうと、ジタバタ暴れる。子供をあやすように軽々と、リョーガはその抵抗をいなしていた。

「…あ痛っ、いきなりひどいよ、リョーマくん。感動の再会だから、もっと味わっていたかったのにー」
いきなりだったので、地面で打った尻を右手で擦りながら立ち上がった。
「ごめん。てか、いい加減離せよ。暑苦しいんだよ!」
「えぇ?さっき、公衆の面前で抱きあってたお前が言うか、ソレ?」
「うっさい!」
「コイツ、リョーマくんの何!?」
顔は派手な男前系で、やたらオレのリョーマくんに親しそうだし、千石は警戒態勢に入った。
「久々に再会した俺の…」
コイツと兄弟とか言うのも酌だなと口ごもってると、リョーガがペラペラとその後を引き継いで喋り倒した。
リョーマを腕で捕まえたまま、アメリカでの恋人だと自分の顔を親指でぐいっと指した。
「小せえから俺の相手はまだ無理だって言ってんのに、リョーマが俺とヤリたがってウルサクてな。しょうがねえから、たまに相手してやってたんだよ。いざと なると、いつもリョーマの方が先に音を上げてたけど、まあ、こりゃ体力の違いって奴だな。素質はあっから、上手くなるだろうとは思ってたけどよ。こんなに 上手くなってたとは、思わなかったぜ」
なあ、リョーマ。相槌を促すようにリョーマの頭に取りあげたボウシを被せて、無理矢理頷かせる。
あらぬことを聞かされてショックを受けている千石に向かって、リョーガは不敵に笑った。
「なっ……」
あまりにもとんでもない嘘と、誤解を甚だしく助長するリョーガの発言に、空いた口が塞がらなくなる。
その隙をついて、勝手にリョーマの唇を奪う。
「…………っ!?」
反射的に頬を平手打ちしようとしたら、その手を押さえつけられる。
「乱暴は、およしなさいな」
ほほっと口に手をあてながら、おどけて笑う。攻撃をかわしながらも調子に乗ったリョーガが、チュッとリョーマの頬にもキスをする。
「悪ふざけも、いい加減にしろよ」
キッと、リョーガを睨みつける。後ろ向きに蹴りを放ったが、さっとかわされる。
だが、これでようやくリョーマの身体が解放された。

リョーマくんがこんなに守勢にまわってるのなんて、初めて見た。
解放されたリョーマを奪取されないように、今度は千石がリョーマの腰を腕で巻くようにして近くに引き寄せた。
「リョーマくーん。例え、アメリカ時代の恋人が帰って来たとしても、今の恋人はオレだよね?」
「リョーガに、騙されんなよ。アレは、全部テニスのことだから!アイツ…、リョーガは、ただの兄貴。半分血が繋がってんだよ」
「そうだったんだ。なーんだ、恋人じゃなくてよかったぁ」
やっぱり、リョーマくんはオレの恋人だよねv
今日は、リョーマの抵抗が少ないのをいい事にギュッと抱き締める。

「チビスケは、昔も今も俺のモノだぜ」
「勝手なこと言うなよ」
「て言うか、お前の恋人って、コイツか?」
不快そうに眉間を顰めながら、千石の上から下までジロジロ見る。
口元に締まりがねえし、性格とかチャラそうだ。
バカそうなオレンジ頭もぶっ飛んでるし、つくづく見れば見るほど情けなさそうな面してる。頼りになりそうに、まったく見えない。
「不合格。お兄様は、こんな奴認めませ〜ん」
「別に。アンタに、関係ないじゃん」
「リョーマくんとオレは、相思相愛の恋人同士だもんねv」
「…………ま、まあね」

嬉しい!
リョーマくんが珍しく積極的に、オレと恋人だという事をアピールしてくれている。
嬉しすぎる!
滅多にないこの機会を満喫しようと、ニコニコしながら自分をプッシュする。
千石を調子に乗らせてしまったかなと後悔したが、リョーガの前なので引くに引けなかった。

「リョーマより強えのか?」
射抜くような強い眼で、リョーマをじっと見据える。
「えーと……、たぶん…弱いかも?」
どこか余裕を残しているような感じもするので、一概には言えなかったが、現段階での対戦成績ではリョーマが上だった。
「ははははっ。まだまだだぜ。そんな男に、チビスケは任せられねえな」
高らかに空に向かって、笑い声を立てる。
「行くぞ、リョーマ」
「……やだ。キヨスミはバカだし弱いかもしれないけど、アンタに言われる事じゃない」
家に帰るぞと促すリョーガに、キッパリと反旗を翻した。

「リョーマくん……。バカとか弱いとか、ナイーブなオレの心が傷ついた発言を、さらりと見逃すくらい嬉しいデス!」
キュウッと、愛情の暴走の為にリョーマ抱き締める手に力が入る。

「オレは誰が何と言おうと、リョーマくんを愛してるよ」
リョーマの瞳を見つめて、真剣に愛を告げる。
「……バカ」
締め付けられる腕の力が苦しくなったので、千石の足をグリッと踏みつけた。
反射的に腕の力を緩めたが、思った以上の反撃がなかったので、チラッと横目でそーっとリョーマを覗いた。
あ…、ちょっと赤くなってる。照れてるんだ。もう可愛いv
死ぬかと思う位心配してハラハラしたりもあったけど、今日はラッキーな日だったんだ!
この機会を逃してはならないと、幸せを満喫することに決めた。

さらいにくんのが、ちっと遅かったか…。
どことなく弱い抵抗をする顔が赤いリョーマを見ながら、過ぎた過去を振り返っていた。

『リョーガ、どこいくの?オレもいく!いっしょにいく!』
『チビスケは、着いてくんな。おまえは、足手まといなんだよ』
『まってよ。リョーガ』
逃げても逃げても、どこまでもひたすら小さな足で俺を目指して追ってくる。
チビのガキなんかお邪魔虫だとばかり思ってたのに、無条件で自分に懐く弟が可愛かった。

いまでも、そうだとばっかり思ってたのに…、お兄ちゃんは、辛いよな…。
昔を思い出して、リョーガは遠い眼をした。

「そういえば、おまえらってもう関係とかあんの?」
「関係って、だから…!……っ……」
本当の意味を理解したリョーマの耳元が、どんどん赤くなってくる。
すぐに察知した千石が、えへへと締まりがない笑みを浮かべながらリョーマを抱き締めた。
「婚前交渉なんて、お兄ちゃん絶対に認めないわ!」
くそっ!俺の弟を傷モノにしやがって!
自分は喰いまくり、ヤリまくりだが、それはまったくの別問題で。
チビスケが他の男に喰われているなんて、まったくもって許しがたい事だった。

「結婚するから、そんなの関係ないもんねー。リョーマくんv」
リョーマの耳元にぼそぼそと耳打ちしながら、その会話を聞いているだろうリョーガに「…どう、お兄様?」と挑発的な視線を送った。
ムッとした顔で視線だけで殺せるなら殺せそうなギラギラした眼で、千石を睨みつける。
殺気の篭もった視線をいくら向けられても、リョーマを手中に手に入れているので千石は余裕だった。
リョーマの髪の毛に指を通しながら、リョーガを見下したように、ニッと微笑んだ。


リョーガと千石のリョーマを巡る熾烈な争奪合戦が続くことが、この時決定した。






テニ映画捏造話
リョーマが危険な目にあっているのを知って、どんなに清純が心配していたかという裏千リョ話
日常は当たり前のように過ぎると思っていたけど、それがとても大事なことを実感する。
リョーガVS清純で、弟を取られるお兄ちゃんの感傷と怒り(笑)
リョーマを手に入れたのだから、それくらいはしょうがない(まだ父もいるし)

05.05.26 up→06.04.30 改稿 up

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