「もしかして……、初めてなの?」
緊張の為か言葉が出ないらしい。ピンクの制服で接客してくれる女に向かって、無言でふるふると否定の為に首を振る。
震えているリョーマの手を優しく握りしめて、リラックスさせるように柔らかな声をかける。
「これでも、私上手いって評判なのよ。だから、安心して私に全部任せて。痛いなんて事、ないと思うわ」
優しくしてあげるから。ねっ。
リョーマの身体を自分の身体の位置に合わせて、ゆっくりと上から覆いかぶさった。
「…んあっ、……っ…く、…ったぁ」
「もうちょっとだから。少し我慢して」
恐怖で暴れようとする身体を、胸で上からぐいっと押さえつける。
やめてくれるって言ったのにと、リョーマは涙目で女を見あげた。
これ、ヤバイくらいエロい気がするのは、オレの気の所為デスか!?
千石の座っている位置からは、部屋の中が見渡せるようにとガラス窓があったので、リョーマの陥っている状態がよく見えていた。
苦悶するリョーマの声が洩れ聞こえてくると、今すぐにでも部屋に入って側で大事がないように見守っていたいと心が焦るばかりだった。
リョーマくんエロい声出し過ぎ。リョーマくんが可愛いからって、過剰なサービスしすぎなんじゃないかな。
じりじりした気分を抱えて、リョーマが部屋から出て来るのを千石はひたすら待っていた。
***
勉強を見てあげるからという理由で、千石はリョーマの部屋に入り浸っていた。
国語の宿題が丁度終わって、時間も丁度いいので3時のおやつをしていたら、ファンタを飲んでいたリョーマが苦い物でも食べたように急に顔を顰めた。
「リョーマくん、どうかしたの?」
そんなリョーマの異常を見逃さなかった千石は、なにがあったんだろうと何の気なしに尋ねた。
「な・なんでもない」
いつもより焦っていて、リョーマの様子がおかしい。なんか口ごもってるし。
「あれ? ファンタもう飲まないの」
テーブルの上に置いたファンタは、まだ中身がたっぷり入っていた。いつもなら、すぐに飲みきってしまう量なのに。
「う・うん、もういい。アンタにあげる」
喉渇いてるでしょ?
千石がいる方にファンタの缶を手で押しやった。
「やっぱり、リョーマくんおかしいよ。なにか病気なんじゃないの?」
ファンタが大好きなリョーマが残すのもおかしいし、千石に飲みかけの物をくれるのもおかしかった。
「は? 大げさ過ぎるよ」
「じゃあ、さっきなんであんな顔したか言って。リョーマくんの異常は、例えちょっとでも見過ごせないよ」
強気の姿勢で、防戦一方のリョーマに詰め寄る。
「だって、なにかあったらどうするの? それに、リョーマくんが死んだら、オレも死ぬから! リョーマくん……死なないで」
どんどんと変な方向に考えが進んでいって、想像しただけで涙目になっている千石を見て、はぁと大きなため息をついた。
「……飲んでたら、ちょっと歯にしみただけ。なんでもないから、そんなに気にすんなよ」
結局、白状することになってしまった。
「虫歯かもしれないし、早めに歯医者に行った方がいいよ」
キスだって出来ないし、リョーマくんの綺麗な歯が銀歯になるなんて勿体無さすぎる。こういうのは、早いに越した事がない。
「別に……、まだいいよ。違うかもしれないし」
千石から、ふいっとそっぽを向いた。
そんなリョーマを見て、千石は薄っすらと思っていた事が確信に変わった。そして、にやりと笑う。
「歯医者さんが恐いから行きたくな〜いなんて、言わないよね?」
その単語を聞いただけでピクッと強張っているようにも見えるリョーマを見て、あははっと軽い調子でわざと笑い飛ばす。
「オレみたいな臆病者ならともかく、リョーマくんはそんなことある訳ないもんね。メンゴメンゴ」
ニッと笑う千石に、歯医者が恐いから嫌だなんて事はプライドもあって言い出せなかった。
リョーマの母親の倫子にぺらぺらと千石が事情を話して、保険証とお金をもらって歯医者に出かけることになった。
歯医者の待合室に入っただけで、既に顔が蒼白になっているリョーマくんを見ているのが楽しい。
千石に気づかれないように虚勢を張っているみたいだが、その努力はまったく報われてなかった。
自分をこんな恐ろしい場所に置いて千石がどこかに行ってしまわないように、手をしっかりと握っていたので。
もうこの辺まで来ると、無意識らしい。人目を一切意識していないようだ。
これって、すんごい優越感。初めて、リョーマくんに頼られてる感じがするかも。
千石は逆に、嬉しさのあまりに溢れる笑顔を抑えられなかった。
付き添いの人は入れないので、診察室の中がよく見える待合室でリョーマがセクハラされる心配やらなんやらで気を揉みながら待っていると、ようやくリョー
マ
が部屋から出て来た。
「リョーマくん。大丈夫だった?」
「うん。まあね」
治療が終って出て来ると、入る前とは打って変わってあっさりしたもので、「アンタ、まだいたの」という感じで、リョーマは冷たかった。
「もう、リョーマくんってば、イケズなんだからぁ」
いつもの調子をすぐに取り戻したリョーマを見て、まだバレていないつもりでいるんだと思って、こっそりと忍び笑いをした。
「──越前さん。これ、痛み止めのお薬ね。そうそう、来週もこの時間に来てくださいね」
すっかり虫歯の治療が終わったとばかり思っていたリョーマは、受付のお姉さんの笑顔を見て、うっと顔を顰める。
またあの恐怖を体験するのかと思うだけで、顔色が前のようにすーっと青白く変わっていく。
「来週も、一緒に行こうね」
リョーマの手を千石は握り締めて、ニコッと笑った。
怖いもの知らずそうなリョーマの怖いものは、歯医者。変なお店にいると勘違い出来たかも!(バレバレ)
05.12.29 up
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