「リョーマく〜ん。鼻水がさっきから止まらないし、なんだか寒いよー」
「うわっ! ちょっと、そんな状態で寄ってくんなよ。汚いでしょ」
透明な鼻水をたらーっと流して身体を震わせながら、自分の方へ四つん這いの姿勢で這って近寄って来る千石から、さっと身体を交わす。
「汚いって言ったって、普通に出て来るんだもん。愛があれば、鼻水だって汚くないはずでしょ?」
千石お得意の愛は絶対理論が出て来たが、すぐに否定された。
「そんな愛は、俺はいらない。汚いものは、汚いし」
鼻水に加えて眼から違う液体まで出てきそうになったので、早口で言い添える。
「とりあえず、鼻でもかめよ。ほらっ」
勝手知ったる千石の部屋なので、枕元に置いてあるティッシュの箱からティッシュを数枚取って、鼻水が地面に落ちる前に急いで渡す。それでも鼻水が止まる
様
子がなさそうなので、仕舞いには箱ごと渡した。
チーン。鼻をかむ音が何回も聞こえる。時折、千石の鼻をずずっと啜る音も混じっていた。
「……もしかして、もしかしてなんだけどさ。まさかとは思うけど、アンタ風邪でもひいたんじゃないの?」
「てか、リョーマくん。もしかしなくても、この症状はそうじゃないかな」
なんでこんなにリョーマがもったいぶって、風邪と推定するのかが千石には解らなかった。
「え? だって、バカは風邪ひかないって言うじゃん。それって、日本の一般常識じゃなかったっけ?」
リョーマの慎重過ぎるほどに慎重な推察は、こういう訳だったのだ。
「リョーマくん、ひど過ぎるよ! オレがこんなに、辛い思いをしてるって言うのにー!」
自分が風邪だとわかった途端に、症状が増した気がする。精神的ダメージがいつもより凄いし、さっきよりも寒気が増した気がする。
「あー、はいはい。じゃ、もうベットに入って寝ろよ」
適当に相手をして、ベットを指した。
「だって、まだ眠くないんだもん」
先ほどのリョーマの対応に拗ねているのか、ツンと顔を背ける。
おまえは、小さな子供か!
「子供だもん!」と手をグーにして千石に反論される事が解りきっているので、それは胸の奥に飲み込んだ。
ふーっと息を吐いた後、低い声で告げる。
「──バカにさえ移るような凶悪ウイルスを持っている風邪菌が充満している中で、危険を冒しながらも俺が一緒にいてあげるっていうのに、寝ないって言う
の
はどこのアンポンタン?」
リョーマの大きく釣りあがった猫のような眼が、すーっと細まって険悪になる。
風邪の所為だけではない寒気に、千石はブルブルと身体を震わせる。
「もう、寝ます。先に、床に入らせていただきますデス。はい」
ガバッと、勢いよく掛け布団を剥いでベットに横たわった。
眼を閉じて静かにしていても、まだ夜の七時なので夜更かし癖がついている千石が病気だからってそう簡単に眠れるものでもなかった。
相手をしてくれる者がいないので、千石がベットで寝るのを見守りながらリョーマはテニスの雑誌を読んでいた。
細かい記事を熱心に読んでいたら、眼が疲れた。痛んだ眼を、シバシバと瞬きする。
「俺も、なんか眠くなってきちゃった」
ごそごそと音を立てて掛け布団を剥いで、千石が寝ている隣にするっと入り込んだ。
「……あったかい。熱が出てるからかな」
伝わる体感温度がいつもより熱い。まるで、湯たんぽが布団の中に入っているみたいだ。
一階のリビングのTV台の下に置いてある救急箱から勝手に取ってきた冷えピタを、ペタリと千石のおでこに貼りつける。
急に額がひんやりして、千石は思わず声をあげそうになったがなんとか堪えた。
自分の身体をピタっと千石の脇に押しつけた。
「一人よりは、二人の方があったかいよね……」
そう言ってすぐに、リョーマの健やかな寝息が聞こえる。温かさに、睡眠がすぐに誘発されたらしい。眠ろうと思えばいつでも眠れるくらい寝つきがいい
リョー
マならではの早業だった。
リョーマのあたたかい体温が伝わって来ると共に、風邪でばかになっているはずの鼻に、ふわっとシャンプーのいい香りが漂ってきた。
(なんで、こんな時にしっかり伝えてくれるわけ!ここは、普通スルーでしょ)
リョーマの優しい思いやりから、風邪をひいていて辛いのに尽きることのない煩悩が絶え間なく襲ってくる。
じたばたする千石の手足の動きが伝わったのか、リョーマが意識を束の間戻らせて、「んっ」と微かな声をあげる。
(うわぁ───!ちょっと、リョーマくん!)
千石にとって、天国と地獄を味わう一夜となった。
風邪のひき始めの清純と、看病に色々と手抜かりがあるリョーマ。でも、愛はあると思います。
06.01.05 up
BACK