───キミからの甘い甘いチョコが欲しいです。
……あれれ?オレってば、年中こんなこと言ってないか?
だってさー、だってだって、欲しいんだもん。リョーマくんからのチョコが。
リョーマくんと付きあうまでは、バレンタインに女の子からチョコを何個もらえるかの方が重要だった。
ラブチャンスは多い方がいいし、この日に何個チョコをもらえるかに男としてのプライドだってかかってる。
もしかしたら、可愛い女の子に告られるラッキーチャンスだってあるかもしれないし。
いまは、リョーマくんからの本命チョコだけが欲しい。他の物には、もう一切の価値なんてない。
恋人からチョコをもらえるか、もらえないかが気になるなんて、昔のオレはちっとも思っていなかった。
彼女がいた時は、逆にその愛が重たくて、本命チョコなんてわざわざもらって縛られたくなかったのに。
いまのオレは、リョーマくんの重たい愛で縛られたい。そんなことを思ってる。
あの当時に戻ったなら、オレは彼女に一番に謝りに行くね。過去に戻りたくなんて絶対ないから、無理だけど。
その位、彼女の気持ちがわかってあげられなくて悪かったなって思ってる。
ふらふらしてるオレの気持ちを、自分の元に縛っておきたかったんだろうなって。
リョーマくんの愛が欲しくて堪らない今なら、その不安もバレンタインへの期待も全部わかる。
今頃、女心マスターになっても仕方ないのに、人生と一緒でそう上手く行かないものらしい。
イベントに関心がまったくないリョーマくんのことだから、この日があるなんてことも、どれだけオレがこの日を 楽しみにしているかも、全然気づいてなさ
そう
だ。
あぁ、どうしよう。素直に欲しいって言ってオネダリしておこうか……。なんだかんだ言って、オレのオネダリにリョーマくん弱いみたいだし。
でも、オレがなにも言わなくても、リョーマくんがオレの為にチョコを用意してくれてたら……?
そんなラブサプライズをぶち壊すのも、なんかアレだ。ぶっちゃけ、カッコ良くない。
それに、オレが頼んだから仕方なくくれたって事になるかもしれないし、これは切な過ぎる。
もっとこう、泰然自若な態度で、どんと来い!な感じで構えてればいいのかな。
いや、……でもなぁ、期待してたのにもらえないと泣きそうだし、マジで。
オレ、ホントどうしよー!バレンタインデーもうすぐ来ちゃうじゃん!
見た目には解らないが、千石の心の中はもう半狂乱である。
「……なーにやってんの? もう部活終わったよ」
校門の壁に額をガンガンと打ちつけている千石を、リョーマは不審そうにちらっと様子を窺う。
よくわかんない行動を取るのはいつもの事だと千石の不思議な行動をリョーマは頭
の中で、そうあっさり処理する。
「あ、リョーマくん、一緒に帰ろう!」
「そうじゃなきゃ、こんな所になにしに来たわけ?」
愛想のない態度で千石に声をかけて、自宅方面へと足を向けさっさと歩き出す。桃城の自転車の後に乗って、あっという間に帰ってしまわれた頃に比べれば、
こ
んな事はなんでもない。すぐに、リョーマの隣に並ぶ。
「今日って、もう2月10日だよね」
ニコニコと笑いながら、千石はそれとなくリョーマに探りを入れる。
「多分。──で、それがなに?」
「いや、なにがってわけでもないんだけど……」
この様子じゃ、リョーマからのバレンタインのチョコは期待出来ないかもしれない。
また今日も、リョーマにチョコのことを言い出せないまま終わった。
***
「あ……、リョーマくん。終わったんだ」
「どうかした?」
リョーマの手に持っている紙袋には、たくさんバレンタインのチョコらしき物が詰まっている。
どうやらリョーマくんは、女の子からももてるみたいだ。まー、わかるけど。クールだけど、女の子には優しいし。
それにつけ加えて、ビジュアルもいいと来れば、バレンタインの勝ち組みは決まったようなものだ。
ウチの母さんと姉ちゃ
んだって、リョーマくんのこと好きだし。その中でも特に、姉ちゃんは要注意人物だ。
年下の彼氏もいいわねなんて抜け抜けとしたことを言って、リョーマくんを見る目がまるで鷲が獲物を狙うような鋭い目だ。正に、肉食獣と呼ぶに相応し
い。
自分の年を考えろ。それは、犯罪だ!と、声を大にして言いたいのだが、カースト制度並なオレの扱いの所為でうかつに文句すら言えない。
姉ちゃんの「可憐」と言うおしとやかな名前とは違う凶暴な性格を知らない人物からは、姉ちゃんは女神──というか女王様のように男達から熱狂的を超え
て、宗
教のように慕われている。
そのことからわかるように、見た目はゴー
ジャス美人だ。だから、見た目に騙される男が、後を絶たない。
だけど、姉ちゃんの性格についていけなくなって、つきあった男は姉ちゃんから去っていく。
姉ちゃん曰く、軟弱な男が多いと言うことらしいが、オレならたった一日、いや数時間で逃げだすと思う。
普段、家じゃだらしない感じでジャージ着用が基本なクセに、リョーマくんがいることを知った瞬間、露出度が高い服装に着替えて、オレの部屋に邪魔しに
やっ
て来る。リョーマくんを近寄せたら、マジで食べられかねないと危惧まで抱いている。
ということは、今日はオレの家に連れ込んだら、手ぐすね引いて待ってい
る姉ちゃんの罠に引っ掛かるようなものだ。
あー、これ、思い出してよかった。こういうイベントの時の女のパワーって恐いもん。特に、ウチの姉ちゃんと来たら……。
「……どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
悪夢を振り払おうと、効くのか解らない悪霊退散の呪文を唱えながら首を振った。
「ふーん。なら、いいけど。今日、家に寄ってく?」
「んー、今日は、もう帰るね。せっかく誘ってくれたのに、ゴメンね」
これ以上一緒にいると女々しくて情けないことを言ってしまいそうだったので、バイバイと手を振った。
しゅんと肩を落として、夕暮れに消えていこうとしたら、
「キヨスミ、ちょっと待って」
──もしかして、もしかしてチョコ!?
勢いよく振り返ると、リョーマから箱みたいな物を放り投げられた。地面に落とさないように慌てて、キャッチする。
「はい、コレ。アンタって、こういうイベント大好きでしょ?」
ニッと、リョーマが微かに微笑む。
「これってさ……、本命チョコだよね?」
チョコが入っていそうな箱を持つ千石の手が、期待と緊張で震える。
「こんな物、アンタ以外の誰にあげるのさ? バカなこと聞くなよ」
不思議なことを聞かれたとばかりに、リョーマはやれやれと肩をすくめる。
「リョーマくん……。オレ、……すごい嬉しい! 嬉しいよ! これ、一生大事にするから!」
もらえないとばかり思っていたので、喜びも一際大きかった。ちょっと、泣きそうだ。
「賞味期限が来る前に、早く食べてよね。チョコだって、傷むんだからさ」
素っ気なく言っているつもりらしいんだけど、すごく可愛らしい。というか、可愛い。
こういう大事なときに、リョーマくんはいつも優しいってことを思い出した。
「リョーマくん、大好き。リョーマくんは、オレのこと好き?」
「……そんなの、俺だって…………」
「なに?」
「だから! わかるでしょ」
千石にじっと見つめられて、リョーマは口ごもる。
「全然わからない。リョーマくんの口から聞きたい」
真剣な声音でそう言って、そのままリョーマの表情がつぶさに見えるくらい近くに自分の顔を近づける。
「……………………………………好きだよ」
自分の中の葛藤と戦って、リョーマは渋々小さな声で口に出した。
「いまの聞こえなかったから、なんて言ったのかもう一回聞かせて?」
聞こえたことは間違いないだろうに、ニコニコ笑顔でリョーマにもう一度と千石は強要する。
「好きだって、言ってんだろ。バーカ!」
リョーマはヤケクソでそう言い切って、玄関のドアをバタンと乱暴に閉めた。
ドアを閉めたのに、いい気になってくすくす笑っている千石の声が聞こえてくる。
もう一度ドアを開けて、「そのチョコ、今日中に食べないと、俺が食べるから」と宣言して、またドアを閉めた。
「えー。もったいないから、取っておこうと思ってたのに……。南にも自慢しようと思ったのにー」
そうだ!記念に写メに撮っておこう。
でも、チョコとオレだけだったら、リョーマくんにチョコをもらった証拠にならないじゃん。
それ見せても室町くん辺りに、こんな物まで偽造するなんてと、哀れむような目で見られのがオチだし。
「ちょっと、リョーマくん! 一緒に写メ取ってよ。リョーマくんがチョコ持ってさ、オレに渡す瞬間って感じのヤツ」
意気消沈して帰ろうとしていたのが嘘のような様子で、リョーマの家のドアをガンガンと何度もノックした。
余談だが、この後リョーマの家にお邪魔して無理やりポーズを指定して撮った写メは、千石のチームメイトからの信用を更に下げる結果となった……。
清純の姉──千石可憐さんが名前と噂だけ初登場!清純への信頼度って、そんなものって感じがしたりv
06.02.14 up
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