My birthday


 オレンジのスウォッチの腕時計。ぴかぴかの新品。嫌でも誰かを思い出すこの色。こんな色で誰かを思い出す辺り、自分は先輩達が思っている以上に──そし て、自分が思っている以上に、アイツに はまってるのかもしれない。
「キミ達って、恋人同士って感じに全く見えないよね。確か、つきあって長いよね?──しいて言えば、飼い主と駄犬の方が正しいよね」
 謎のくすくす笑いつきで、先輩にそう言われた。リョーマが誰かを好きだなんて、他人からすると想像外らしい。それに似たこ とを、よく言われる。
 椅子の背もたれに背を預けると、机の上のカエルのぬいぐるみが目につく。このカエルって、ハッピーの意味があるんだって。オレと似てない?と嬉しそうな 千石からUFOキャッチャーの 戦利品をもらったものだ。ふかふかしてさわり心地がいいのでゲームをしながら手遊びにリョーマが触っていると、千石はそんなぬいぐるみにまで嫉妬する。 千石があげ た物だというのに、何事も自分優先じゃないと嫌らしい。
 なんでわかるのかって言うと、下からおやつを持って部屋に帰って来た時、千石がカエルのぬいぐるみの腹に憎々しげにパンチしている姿を目撃したのだ。 リョーマに 現場を見られたという確信はなかったのか、それでも慌てて背中に隠していたので、余計にそのことを確信してしまった。物にまで嫉妬するなんてバカだなって 思うんだけど、それだけ自分を好きなことが嬉しかったりする思いもちょっとあって。……バカは伝染するものなんだって、この時初めて知った。
 透明なカプセルに入っている時計が、机の上をごろごろと転がろうとしていた。 カルピンがボールにじゃれ付く前に、回収する。
 まさか、誕生日一日前に千石が自分で買ってしまうだなんて予想してもいなかった。それも、リョーマと同じ店。よりによって、あのタイミングで買わなく たっ ていいのに。前から欲しかったって言ってたし、それが安かったらリョーマだって買うと思うけど、よりによってそれはないだろって思った。考えに考えてあれ しかないって思って いただけに、それを打ち壊しにした本人にほんの少しくらい八つ当たりしたって許されるはずだ。
 小遣いはこの時計を買ったことで使ってしまったし、知っていてなにもあげないのは一年中ウルサク言われそうでイヤだ。それに、千石にはいつもおごっても らってるし……。そんなことを言い出せば、言い訳はキリが無い程沢山あるんだけど、一番の理由は千石が好きだから、好きな人の喜ぶものがあげたいって言う 単純で恥ずかしい理由からだった。
 めちゃくちゃ千石が喜ぶだろうことは、リョーマのプライド的に出来なかった。だけど、あれでも充分恥ず かしかったんだけど喜んでくれてよかった。ぼーっとして無意識に椅子を回転させながら、リョーマは一月前の千石の誕生日を思い出していた。
 階下から自分を急かすように呼ぶ声がして、慌てて机の引出しに手の中の物を適当に放りこんで階段を駆け下りた。



***

「ウチでパーティーがあるんだけど、来る?」
 ぱあぁっと輝く顔。すぐにまにました笑顔に変わったので何を考えているのかがわかったので、即座に否定する。
「なんかよからぬ期待してるみたいだけど、二人っきりじゃないから」
「やだな。お義父さんとお義母さんも一緒なんでしょ。わかってるってば」
 うふうふふと笑いながら、千石はうんうんと頷いている。
 変なニュアンスで聞こえた気がしたけど、キリがないのでスルーすることにした。
「あと、先輩達もいるけど、いいよね?」
「……え? なんで!? こういう時は、家族水入らずで過ごすんでしょ!」
 唾がかかるような勢いで顔を近づけてくるので、少し距離を置く。
「はぁ? アンタ、家族じゃないじゃん」
「もう! いつかは、そうなるじゃない。それが早いか遅いかの違いだよ」
 ピッと目の前で指を立てる。やたらに嬉しそうな顔だ。よっぽど幸せな計画を立てているんだろう、リョーマの知らない内に勝手に。
「あ、そ。俺の誕生会とかクリスマスパーティーとか忘年会とかを、色々兼ねてやるんだって。まあ、ウチのお寺広いしね」
「なんだー。そっか。でも、招待してくれて、ありがと。他校じゃ、俺だけだよね?」
「なんか俺もよく知らないんだけど、氷帝の人も来るみたい。名前も聞いたんだけど、……忘れた」
「ふぅん。そっか。そうなんだ。オレだけ、特別じゃないんだぁ。そっか……」
 しょぼんとさっきと比べて落ち込んだ様子を見せるので、俺が招待したのは、キヨスミだけだけどと言っている途中で、もう千石は元気に復活していた。こっ ちがひくぐらい立ち直りが早い。こういう所だけは、リョーマも見習うべきかもしれない。たまに思うことを、その姿を見て思い出した。
「リョーマくん、誕生日楽しみにしててね!」
「ああ、うん」
 何時から始まるとか詳細を一切聞かずに、やけに慌ててどこかへ走って消えていく。
 そう言えば、俺もそんな感じだったっけと一ヶ月前の自分を思い出して、残されたリョーマはくすりと笑う。
 それに、どうせあとからメールやら電話やらあるんだろうなと言う事が100%の確率で予想できたから、尚更可笑しかった。
 案の定、夜にかかってきた千石からの電話は、リョーマが眠くなるまでノンストップの長電話となった。



 コツコツと窓ガラスを叩くような音がする。夜になって、風が出て来たのかな。鍵を閉めたはずなのにと思いながら、音が止まないのでベットから立ち上がっ た。
 窓ガラスに映るシルエットに、リョーマは警戒を強める。曇っていてよく見えないけど、人影だ。泥棒なんじゃないかと思いながら、机の脇に置いてあったラ ケットに手をかけて、思い切り窓を開け放った。
「…………キヨスミ? アンタ、こんなとこでなにしてんの……?」
 予定していたよりも大勢の人が集まった賑やかなパーティーは終わって、千石だってとっくに帰ったはずだった。珍しく誰かともめていなかったのは、こんな ことを予定していたからか もしれない。ぶるぶる と身体を震わせながら、冷たい身体をリョーマに押し付けてくる。 
「あー、寒くて死ぬかと思った。リョーマくん、もっと早く気づいてよ」
「普通の人は、こんな所から来ないし。冷たいから、触んないでくれる」
「古来から、恋人は窓から夜に忍んでくるものなの! 日本の常識だからね!」
 ぎゅうっと、千石は抱擁を強める。
「絶対、違う」
 断固として否定してから、思っていたよりも千石の身体が冷たいことに気づいて、ため息をはく。
「ちょっと待ってて」
 左手を伸ばして布団から毛布をはいで、千石に投げる。
 しがみつく千石から身体をはがして、一階に向かった。


 半開きにしてあったドアを足で開けて、千石の分だけ入れてきたココアを零さないようにして中に入る。
 中途半端に開いている机の引き出しに気がついて、はっとする。中には、あれが入っているのだ。
「アンタ、俺がいない内に、部屋のものいじった?」
「え? なんか、触っちゃいけないものでもあった?」
 ほっと息を吐く。よかった。あれには、まだ気がついてないらしい。
「なんでもない。ココアだけど、飲む?」
「ありがと。──で、なんで、焦ってるのかな? リョーマくんにしては、珍しいよね」
 くるまっていた毛布から出てきて、リョーマが佇む机の側にやって来る。
「だから、なんでもないって! ちょっと、アンタなにすんだよ!」
 自然を装って閉めようとした机の引出しが、千石によって広げられていく。
「あー! オレのと一緒じゃん。オレとオソロで使いたかったなんて、リョーマくんってばカワイー!」
 発見されてしまった。最悪だ。ちゃんと鍵を閉めておけばよかったことに気づいても、後の祭だった。
「んー? あ、そっか。そうだよね。……なるほど、なるほど。リョーマくん、マジでゴメンね」
 余計な理解までしてしまったらしい。勘が鋭いというより、これを見ればわかってしまうだろう。
「なんのこと?」
「いいんだ。すごく嬉しいよ。オレは、世界一の幸せものだなって」
 千石は、その言葉以上に幸せそうな笑顔を見せる。
 その笑顔を見ていると、うっと言葉に詰まる。こういう素直さには、かなわない。
「勝手にそう思ってれば」
 後をむいた。もうばれている事は承知だったけど、自分の性分では認められなかった。


「リョーマくんからはお金で買えないモノをもらったから、オレもすごい考えたんだ」
 言おうか言うまいかを言いよどむようにして、千石はリョーマに確認を取る。
「……チケットは、リョーマくん駄目だって言ってたよね?」
「当り前だろ」
 それだって別によかったんだけど、言っていた手前上、リョーマは一応否定をする。
「でも、さっきもらったじゃん。俺は、嬉しかったけど」
 ファンタの期間限定の物を含めての詰め合わせのセット。色んな所をまわって買ってきてくれたんだろうなって思うと、好物でもあるし充分嬉しかった。
「よくよく考えて、決めたんだ。もうこれしかないって思って」
 なかなか見られない千石の真剣な顔。リョーマは、魅せられてしまう。見入ったように、なにか言いかける様子の千石を見つめる。
 この絶大な効果を狙って普段からバカをやっているのかって思うんだけど、そんな計算はしてないだろう……多分。そこで、違うと言い切れないのが千石とい うイレ ギュラーな男だった。
「16歳になったオレを、リョーマくんにあげる」
 千石のことだからプロポーズでもするんじゃないかと予想していた自分の方が乙女で、なんだかバカみたいだ。かなり、千石に思考が毒されていることを実感 して、思わず顔を覆った。
 自信がなさそうな不安な顔に戻ったのを見て、
「しかたないな。粗大ゴミに引き取ってもらうにもお金がかかる時代に、俺がタダで引き取ってあげるよ」
 抱きつくと言うよりは、抱きしめるように千石のここ一年でぐんと広くなった背中に腕をまわした。
「…………なに、この手?」
 腰の辺りをするするとまさぐるような怪しい動きをする千石の右手を止める。
「だって、そうきたら、そうくるものじゃない。普通だよ」
 へらへらと笑っていた顔を急にキリッと引き締めて、背後からそっと囁く。ふわっと千石の温もりがリョーマに伝わる。意味のある言葉として耳に入った途 端、どくんと鼓動が大きく弾むのを感じた。こんな熱までも伝染するだなんて、相当やばいみたい だ。千石に身体中が侵されている。
 ハマルつもりなんてちっともなかったのに、どうしてこんなに自分が。自分ばかりが──。
「そうだね……」
 振り向いて男を見つめ返した後、背伸びをして唇を押し付ける。驚いたように千石の目が開くのを見て、腕を伸ばして千石の首に手をかけてリョーマは目を閉 じる。感覚が鋭敏になっているのか、 今日はやけに刺激を大きく感じる。唇に触れただけで、びりびりと痺れるようだ。外は雪が降りそうなほど寒いのに、こんなにも身体は熱い。
「どうしたの?」
「別に、なんでもないけど」
 眩暈がするくらい熱くたぎったものを逃がすように、浅い呼吸を繰り返す。
俺の誕生日なんだから、楽しませてよ……。
 耳打ちするついでに、耳元にネズミのように齧りつく。痛がって顔を顰める千石の顔さえもセクシーに見えて、自分がかなりおかしくなっているのを感じてい た。


 (……この男が俺に飽きたら、俺はどうするんだろう)
 あまりにも千石が側にいることが自然すぎて、普段考えもしないことがふいに頭に浮かぶ。
 別に、なにもしない。賑やかさがなくなったことに慣れるまで、ちょっと寂しくなるくらいで。ただ、それだけだと思う。
 ほんとに、ただそれだけ……。
 ──そのはずなのに、身体は正直でさっきまでの興奮がすうっと冷めていく。
 太腿にキスを繰り返す千石の髪の毛を引っ張って、顔を向けさせる。
「いててっ。ん? どうかした? 痛かった?」
「……なんか、やる気が失せた」
 ぱっと、未練も見せずにベットから起き上がる。
「ちょっ、ここまできて、それはないでしょ! もう、無理だから!」
 リョーマにすがりつくように、千石は必死の体で顔を近づけて訴えかける。
「すごい情けない顔」
 いつもの千石なんだなって思って、そういう顔を見ていると落ち着いてきた。
「俺、アンタのそういう顔、結構好きなんだよね。ころころ表情が変わって面白いし」
 密着している千石の顔に、自分の顔をよりぺたっと押し付ける。
「それは喜んでいいんだか、悲しんでいいんだかビミョウだなぁ。もっとカッコイイ顔も出来るよ?」
 キリッとした顔をして見せるが、宣言してからやっているので見惚れるどころか笑ってしまう。
「俺が好きって言ってるんだから、それでいいでしょ」
 傷んでそうに見えるのに触ると案外柔らかいオレンジの髪の毛。イタズラするように、くしゃくしゃと手でいじる。
「そりゃ、いいけど。なんか情けないっていうか、なんというかなんだよね。やっぱさ、カッコイイオレが好きってことにしない?」
 ねえねえと、甘えるように千石が顔を擦りつけてくる。そんな様子からは、カッコ良さ皆無だ。情けない顔をした千石のことも好きな方が、より愛があるって なんでわからないんだろう。ポジティブシンキング溢れる男だから勘付かれるかと思っていたのに、勘が鈍る時もあるらしい。
 少なくとも今年の千石は俺のモノらしいから、あんなことは考えないようにしよう。
 自分ばっかり、こんなことまで考えてしまうくらい好きだなんてすごく悔しい。許しがたいものがある。自分はこんなことを考えるキャラじゃなかったはずな のに、おかしい。
 まずは、テニスだったはずのリョーマの生活に、目立つオレンジの髪さながらに賑やかな男が登場するようになった。
 テニスをする時間と千石と一緒にいる時間が一日の中で同じ位になって、うっとうしいって思ってたのが一緒に遊ぶのが楽しくなって、来ないと物足りないレ ベルになった時には──あの男を好きになっていた。
 サービス精神旺盛で人を楽しませることが好きで、本気になったこと以外にはいい加減でちゃらんぽらん。いざ、本気を見せる時は、圧倒的なまでの才能の輝 きで人を魅了する。お気楽に生きているようで、案外繊細で傷つきやすい。人にはけして見せないんだけど、努力家。誰が聞いても、千石の人物像と一致しない から信じられないと思うだろう。気づいているのは、南さんぐらいかもしれない。そんなことまで、側にいる内にわかってしまった。
 明るいだけじゃない千石に益々惹き付けられて、そこから泥沼の一歩。あばたもえくぼな状態と化しているのが、現在の状況。千石にそんなことが知られた ら、いい気になるどころじゃない。得意満面でウルサクって適わないことが予想出来すぎるほどに出来るから、絶対に絶対に秘密だ。
 最初は、千石の方がリョーマのことを好きだったはずなのに、いつの間にそれが逆転したんだろうか……。
 ここまで俺をはまらせたんだから、もっと俺に夢中にさせてやる。
 獲物を追うように瞳を光らせて、千石の首筋にガブリと噛み付くような攻撃的なキスをした。労わるように、舌でその跡を舐める。
 上に乗ったはずが下になり、下になったはずが上になる。自分達の関係はシーソーみたいなものかなって、意識が飛ぶ前に思った。






約1年も近くにいれば、リョーマにだって情が湧きますv
賑やかな奴が側にいないと、もう物足りないレベルになってしまう位に。
はまっているのは、案外リョーマの方で、結局は、どっちもどっちなバカップルかも(笑)

06.12.24 up……と言いたいものの年越して、07.01.03 up

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